純粋に恋をしよう | ナノ


結局髪を弄って満足したらしい紅覇は、唐突に「また後でね〜」と言い残して、あっさりと蒼麗の部屋を後にした。
とっさのことで「へ? あ、は、はい」と間の抜けた返答をしてしまった蒼麗は一通り沈んで凹んで自己嫌悪に陥ってから、立ち直った。因みにこの間、わずか三十秒足らずである。毎日大抵こんなことをやらかすので、いい加減自己嫌悪にかける時間も少なくなってきたわけだ。

立ち直った蒼麗は、暫し鏡を覗き込んで髪型を観察してから、自分の本職を思い出して慌てて立ち上がった。本職とは言っても、紅覇の従者というだけであるため、彼女に出来ることは能力的に見ても少ない。能力で認められたのではなく、ただ蒼麗の咄嗟の生存本能だけで紅覇に気に入られたので、宮廷の人間も蒼麗に無茶は要求しない。

それでも部屋に閉じこもっている訳にもいかない訳で。蒼麗は紅覇の後を追う形で自室を飛び出した。

「あら、蒼麗じゃな…いの」

飛び出して、いつも通り自分が居ても迷惑にならない場所を探して歩いていると、妙なタイミングで口ごもった声が聴こえた。

「あ、紅玉様! どうかなされましたか?」

声を掛けてきたのは、第八皇女である練紅玉。能力(ちから)も無いのに第三皇子の側近、という肩書のせいで宮中では爪弾きにされがちな蒼麗に、気さくに話し掛けてくれる人間だ。

「別に大した用事は無いのよ。ところで蒼麗……あなた、その髪型はどうしたの?」

一見いつもと変わらないはずなのに、一目で気付かれた。気付く者は気付く、ということなのだろう。

「えっと、実は今朝、紅覇様が……」
「ええ!? お兄様がそんなことを!?」
「はい。……あの、紅玉様?」

驚いたように目を見開き口に手を当て、きゃーっ、と声を上げてどこかへ走り去ってしまった紅玉に、きょとりと瞳を瞬かせて、蒼麗は首を傾げた。結局ひとりで考えても全く状況の理解出来なかったので、きっと何か急用を思い出したのだと無理矢理納得することにする。

「今日は皆様どうしたんでしょう」

呟いた蒼麗は、限りなく鈍かった。普段はどちらかと言えば鋭い方なのだが。


考えながらも再び宮廷を歩き回る内、中庭に到着した。普段は天気が良い時に限られるが、殆ど鍛練場という扱いになっている。きちんとした鍛練場もあるにはあるが、やはり戦場が外であるため室内の鍛練場よりも使用頻度は高いらしい。

「蒼麗。おはよう、いつもより遅いな」
「白龍様! おはようございます。先程、紅玉様に会ったもので」

毎日のように中庭か鍛練場に入り浸っている第四皇子、練白龍に声を掛けられる。慣れたもので、流石に蒼麗も慌てることもなく受け答えが出来た。

「義姉上と。相変わらず仲が良いんだな」
「そんな、私なんかがおこがましいですよ。紅玉様がお相手してくださっているだけですもの」
「……そうか?」

何か言いたげな白龍には気付かず、「それでは失礼しますね」と蒼麗は小走りにお目当ての場所へ向かった。

結局いつもの場所になってしまった。
中庭の隅にあるそこは、他に比べて屋根の低い場所だった。腕を伸ばして、屋根に手を掛け、身体を持ち上げる。屋根に登った蒼麗に、白龍は呆れたように「そこが好きなんだな……」と呟いた。


[ back ]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -