純粋に恋をしよう | ナノ


紅覇の、蒼麗にとっては不可解な行動に呆然と突っ立っていた蒼麗は、扉の外から「まだ〜?」と尋ねる声を聞いて我に返った。

「す、すみません…!」

謝りながら慌てて着替え始める。元々早着替えが得意なこともあって、二分としない内に仕事着に着替え終わった。
控えめに「終わりました……」と声を掛けると、遠慮なく扉が開けられる。

「ふ〜ん…」

特に目新しい訳でも無いだろうに、紅覇はじろじろと蒼麗を見た後、一つ頷いた。

「お前、そこに座れ」
「え?」
「そこに座れって言ってるんだよ、聞こえなかったの〜〜?」
「? はい」

蒼麗が大人しく指差された椅子に座ると、紅覇はくるくると蒼麗の髪を弄り始めた。何をしてるんだろう、と思わないこともないが、黙ってされるがままにされる。

「ねぇ、髪紐ってないの〜?」
「あ、あります」

少し腕を伸ばして、鏡台の前の髪紐を取る。髪紐は蒼麗の瞳の色と同じ、濃い青をしていた。
受け取った紅覇は、蒼麗の黒のような藍のような、微妙な色合いの髪を先程までとは違い、明確な目的を持って掬い上げた。

「ちょっと動かないでね〜」

一言告げるなり、あまり癖はついていないものの起きた時そのままの髪に櫛を通し始めた。
初めの内こそきょとんとしながらされるがままだった蒼麗だったが、起きてからそう時間が経っていないこともあり、髪を優しく梳かれる感覚に、眠気が助長されていくのがわかった。紅覇の手前、寝るわけにはいかないと必死で目を開けようとする蒼麗の様を鏡越しに見た紅覇は、くすりと笑った。

「寝ててもいいよ」
「でも……」
「終わったら起こしてあげる」

片手で両目を塞がれて、視界が閉じる。優しい感触に、自分の意識が沈んでいくのを微かに感じた。

「おやすみ、蒼麗」





うとうとと微睡んでいた蒼麗は、軽く身体を揺すられて目を覚ました。

「終わったよ」

掛けられた声に、慌てて飛び起きる。主たる紅覇の前で眠り込んでしまうとは、と自分の失態に舌打ちしたい気持ちになりながら、蒼麗は深々と頭を下げた。

「す、すいません! 眠り込んでしまうなんて思わなくて……あの、あの…」
「僕がいいって言ったんだよ〜?」
「でも…」
「ごちゃごちゃ言わない! それより見てよ」

恐る恐る顔を上げて、差し出された鏡を覗き込む。一見いつもと変わらない一つ結びだが、髪の一部が編み上げられていた。
髪型が崩れないようにそっと編み上げ部分に触れ、蒼麗はふわりと笑った。花が咲くような大輪の笑顔に、紅覇は一瞬だけ目を逸らす。
息をついて目線を戻し、未だ笑顔の蒼麗に問うた。

「気に入った?」
「はい、とても」

蒼麗は自分が着飾ることを苦手にしている。それを知っている紅覇は、華やかに髪を盛るのではなく、控えめに、でも確かな違いを出す髪型にしたのだ。
紅覇の読みは当たり、蒼麗は滅多に見せない満面の笑顔を浮かべている。着飾るのが苦手なだけで、蒼麗とて年頃の少女なのだ。お洒落が嫌いな訳がない。

「ありがとうございます、紅覇様」

ぺこりと頭を下げた蒼麗が本当に嬉しそうな声音だったので、紅覇もにこりと笑顔を返した。

「そんなに気に入ったの〜? なら毎日でもしてあげよっか?」

その問いに一瞬顔を輝かせた蒼麗は、ハッとして首を横に振った。

「そんな、紅覇様の手を煩わせる訳にはいきません」

きっぱりとした物言いに説得は無理だと悟った紅覇は、言い方を変えた。

「ふ〜ん。じゃあ〜、僕の気が向いたらお前の髪弄ってもいい〜?」
「? それは、構いませんけど…」

こてりと小首を傾げつつも頷いた蒼麗の髪は、その日から毎日紅覇に弄られることになったのだった。


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