溺れた魚 | ナノ


きっかけは、きっと些細な事だった。なんてことない、日常生活に起こりうるハプニング。
それが分岐点になったことは、私しか、知らない。





私は座学が得意ではない。特に苦手なわけでもないし、成績は何とか平均に食い込めているけれど、だからといって気を抜いたら一気に転落する。
此処を追い出されることは死と直結するので、座学の授業は比較的、真面目に受けていた。

のだが。

「(何でよりにもよって隣の席が……!)」

クリスタなんだよ……。

最悪だ。避けていたのにわざわざ隣の席に座ってくるなんて。
クリスタの方は多分何も考えてないんだろうけど。私の隣とかそんな些事なんて気にしないで、単に前の方の席に座っただけなんだろう。

不幸中の幸いというか、クリスタは私の左に座っているので、左手で頬杖を付いていれば目には入らないだろう。

「あーっ、フィリーネが頬杖付いてる。眠いの?」
「え……あ、うん。そんな感じ。昨日中々寝れなかったのよね」

逆隣に座ったミーナに目敏く指摘され、慌てて取り繕った。なるほど、普段座学で頬杖なんて付かない分、そういう見方もあるわけね。

「余裕あるねぇ。私なんて昨日、ベッドに入って即寝ちゃった」
「疲れ過ぎて逆に寝れない、ってこともあるじゃない?」
「うわぁ、それは気の毒」

昨日は兵站歩行があったから、私も即行で寝た。
が、頬杖を付いている本当の理由を言えないため、それらしい理由を付けて誤魔化すしかない。

面倒臭いなぁ。これも全部、クリスタのせいだ。

いらいらが最高潮に達しかけた時、教官が現れた。取り敢えず、左隣は無視して集中しよう。





うつらうつらと船を漕ぐミーナを起こすこと数回、座学の時間が終わった。昼休憩を挟んだ前の時間が立体機動の訓練だったので気持ちはわかるが、私とどっこいどっこいの成績で船を漕げるミーナに少し呆れた。

「終わったー。フィリーネ、行こ」
「ミーナ、あなた寝過ぎよ」
「むしろフィリーネが起きてるのが凄いんだってー。昨日寝れてないんでしょ」
「う、うん、まあね」
「体調崩さないようにねー」

他愛もない話をしつつ、荷物を纏めて椅子を引く。

そして、机に手の平を付いて立ち上がろうとして。

「きゃっ」
「痛っ……あら、ごめんなさい」
「あ、ううん。大丈夫だよ!」

バランスを崩した私の身体が、隣で未だノートに何かメモを取っていたクリスタの上に倒れ込んだ。

うわっ、と思いながら一応謝り、ミーナに「何やってるの」と笑われた。

その後のミーナとの会話は、あまり覚えていない。
私は思い付いてしまったのだ。

――気に入らないなら、痛め付ければ良いじゃない。

歪んだ思考だと解っていたが、良い考えだと、私はひとり、うっそりと笑った。



131026~131126


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