※死ネタ
世界が嫌いだ、と幼い頃の少女は言った。私から家族を奪った世界が嫌いだ、と。
少女は外の世界に憧れる少年に言った。巨人よりも巨人の蔓延るこの世界が嫌いだと。
世界を嫌うその理屈は、少年には理解が出来なかった。出来なくて良いよ、と少女は笑った。理解出来たら君はエレンじゃないよ、とも。
世界は嫌い。でも世界から逃げるなんて出来なくて。
だから私は戦うの。
せめてこの理不尽な世界をどうにかしたくて。
そう言って微笑んだ少女の笑顔は、今にも消えてしまうのではないか……そんな危惧を覚える程に儚いものだった。
*
地面に身体が叩き付けられて、息が詰まった。噎せた拍子に喉から血が飛び散って、視界に赤が飛ぶ。
「なまえ!!」
自分の名前を叫ぶ声を聞いた。
左手を地面について立ち上がろうとして、バランスを崩して思い出す。そういえば、左手は既に噛み切られてしまっていた。
痛みすら思い出せないような、恐怖も怒りすらも湧いて来ない自分に、酷い状態だと我ながら思う。
上を見上げると仲間達が飛び回っていた。もう霞んできた目では、どれが誰かもわからない。
「おい、大丈夫か!?」
「……エ、レン」
倒れたままだった背中に腕を差し込まれて、身体が起き上がる。心配そうな瞳の中に怒りを見付けて、嗚呼、と微笑んだ。
君は、どこまで行っても変わらない。それが酷く羨ましい。
「大丈夫……じゃ、ない、なぁ」
再び血を吐いて、弱々しく右手で身体を支えた。左腕を失ったこんな身体じゃ、きっと立つことすらも難しい。
「……っ、喋るな。とにかく、安全な場所に、」
「そういうの……いらない、から」
安全な場所なんていらない。もう間に合わない。
ならばせめて、此処で逝きたい。変えられなかった世界で逝きたい。
「エレン……私、ね」
「おい……!」
「結局、さ……、世界を、嫌いきれなかった、のかな」
だって、何で。何でこんなに安らかな気持ちになるのかがわからない。
「ごめんね、エレン」
目の前で逝ってごめん。私の死を背負わせちゃってごめん。
重かったら、棄てても良いから。
「たまに、思い出してくれたら、嬉しい、なぁ」
「何でそんなこと言うんだよ!」
巨大な手が、エレンを掴もうとしていた。何も考えずに、エレンを突き飛ばした。当たり前のように、標的は私に。
「……っ、なまえーーっ!!!」
ああ、そっか。
君が居たから、私は世界を嫌いきれなかったのか。
そんな単純なこと、今更気付いてももう遅い。でも、気付けた私は幸せだ。
サヨナラ。
小さく呟いた私は、多分もう死んでいた。
*
突き飛ばされながら見た。なまえが巨人の手に掴まれ、食われる瞬間を。
何故か、彼女は微笑んでいた。その顔が、胴体を失い足元に転がった。
首から下のないなまえが笑う。心底幸せそうに笑う。
サ、ヨ、ナ、ラ。
口が形作ったのを最後に、彼女は二度と動かなかった。
130725
僕の知らない世界で様に提出しました。
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