「よぉ、ティッキー」
「ティキ、久しぶり」
千年伯爵に連れて来られた三ツ星レストランでティキ・ミックを待っていたのは、少女2人――ロード・キャメロットとリチェ・ロンド――と、宿題の山だった。
「うげ。何してんのよ?」
「見てわかんねェ?ベンキョォー」
「ロードってば、明日までの宿題溜め込んでんの。いつもだけど」
行儀悪く机の上に脚を投げ出しているロードと、だるそうに頬杖しているリチェ。リチェは左手で頬杖をしながらも、右手は物凄い勢いで動いている。
「やべェの。手伝ってぇ」
「ハァ?学無ェんだよ、オレは」
「字くらい書けんだろ」
「こんくらいいいでしょ」
「こんくらい、って量じゃねぇよ」
「今夜は徹夜でス」
「ねぇ、チョット。まさかオレ呼んだのって宿題のため?」
三方から言われて、結局ティキは宿題を手伝わされる羽目になった。本来の目的であるはずの食事を片手間に取りながら、教科書をめくる。そんな現状を見たリチェに、
「相変わらず押しに弱い……」
と呟かれて苦笑した。この状況では否定しようにも出来ない。
どれくらいの時間が経ったのだろう。不意に千年伯爵が1枚のカードをティキに差し出した。
「ひとつめのお仕事。ここへ、私の使いとして行ってきて欲しいんでス」
「遠っ」
「まあ、そう言わずニ」
カードに記された内容に苦笑する。ちなみに、この説明の間も千年伯爵の右手はノートの上だった。
「ふたつめのお仕事」
ス、と1枚に見えたカードの裏から、もう1枚のカードが現れる。
「ここに記した人物を削除(デリート)してくださイ」
その仕事内容に、一瞬、ティキの瞳が暗く沈んだ。
その瞳と、覗き見たカードの中に書かれた名前に、ロードは反応を見せる。
「多っ!」
瞳の暗さを払拭して苦笑したティキを、じっと見つめる。いつもならそんなロードを見て、少しだけ機嫌を損ねるリチェもまた、ティキを見つめていた。
「了解っス」
1年。ロードについてエクソシストを裏切ってから、1年。ノアと暮らし始めて、やはり人間とは違うと思った。
似ているけど、どこか違う。
その違いは嫌なものではなかったし、人の温もりに飢えたリチェにとっては大した問題ではなかったけれど。
ただ、思うのは。
(ティキ(この人)は、私(人間)に似ている――)
いつか壊れて消えてしまうのではないかと思うほど、彼は優しくて。人間だった。
ロードや他のノアは大好きだ。もちろん、千年伯爵も含めて。相手からは信用されていない気もするけれど、少なくともロードは信用してくれているし。
リチェがロードに執着するのは、ある意味当然だ。黒の教団(あの地獄)からリチェを救ってくれたのは、ロードだったから。
でも、それだけではリチェは、この場(ノア側)に留まらなかったかもしれない。
それを引き止めたのが、ティキだった。
本人にその気はなかっただろう。しかし、妙に人間じみたティキの言動、行動は、リチェの心を温めていた。
(どうか、彼が傷付きませんように)
きっと大丈夫だとは知っているけど。人間が好きな彼は、居なくなって欲しくないな、と思って。
「そんじゃ、宿題がんばってね」
そそくさとカードを受け取ったティキは、宿題から逃げるように席を立った。そこに、ロードの声がかかる。
「ティッキィー。手伝ってくれてありがとぉ」
「……………」
優しく微笑んで、言った。
「家族だからな……………」
そうして、今度こそ立ち去ろうとして、ふと振り返る。
「リチェ」
「………何」
いつの間にか俯いていたリチェの頭にそっと手を置いて。
「じゃあ、行ってくるわ」
その手の温もりは、昔の兄のそれに似ていた。
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