現実なんて知りたくなかった | ナノ


「ぐああぁあああぁ」
「プッ、アハハ!」


対称的に楽しそうなロードと、どこかすっきりした顔をするリチェ。
ロードが少年に構いっぱなしだったのが、リチェは相当お気に召さなかったらしい。ロードのように声を上げるとまではいかないものの、顔には残虐な笑みが浮かんでいる。


「キャハハハハ」
「…っ!!!」


笑うロードの顔は、すっかり元通りに再生されていた。


「僕はヘボい人間を殺すことなんて、何とも思わない。ヘボヘボだらけのこの世界なんてだーーいキライ」


一瞬明るくなっていたリチェの表情は、ロードの言葉で、少し暗くなった。
ノアに寝返ったとはいえ、リチェは所詮は人間だ。ロードや他のノアのような、特別な能力などない。


「お前らなんて、みんな死んじまえばいいんだ」


と、不意にロードはリチェを振り返って、裏のない笑顔を向けた。


「もちろん、リチェは違うよぉ」
「…うんっ!」


こんなことで機嫌が直るだなんて、リチェも大概単純だ。


「神だって、この世界の終焉(デス)を望んでる。だから千年公と僕らに兵器(アクマ)を与えてくれたんだしぃ」


先程リチェに見せた可愛らしい笑顔とは反対に、白髪の少年に向けたロードの笑顔は、どこか見る者の背筋を凍らせる。

その表情、その言葉に、少年は歯を食いしばって言葉を絞り出した。


「そんなの神じゃない…」


左目を貫かれた時に発動が解けていた左腕のイノセンスが、再度発動される。


「本当の悪魔だ!!」


少年の叫びを、ロードは笑って流した。


「どっちでもいいよぉ、んなモン」
「ていうか…人間ごときが神を語らないでよ!」


むしろ、少年の言葉に反応したのはリチェの方だった。憎々しげに、少年を睨みつける。
久々に見る、リチェの他人(ひと)を嫌う態度に、ロードは楽しそうに笑った。

2人に攻撃を仕掛けようとしてきた少年は、しかし三体のアクマに邪魔され、吹き飛ばされた。


「僕は…僕らは殺せないよぉ?」
「アレンくん!」
「その体でアクマ三体はキツイかなぁ」


そういうとロードはチラ、と放置されていた女に視線を向けた。その視線の意味を正確に汲み取った女が、震える。


「い…いや……助けて」


楽しそうな、残虐な笑みを浮かべたロードが、キャンドルを宙に浮かべて、


「お前もそろそろ解放してやるよぉ」


……一瞬、本当に一瞬だった。庇うように女の前に少年が飛び込んできて、女の手と時計をつなぎ止めていたキャンドルを引き抜く。


「ひいいい〜っ」


女は慌てて逃げようとしたものの、ロードがそれを逃がすわけもなく。再びキャンドルに狙われて、動きを止めた。


「あれ?あの子死んじゃった?」


リチェが感情を込めずに呟く。彼女の視線の先には身動きもせずに座り込んでいる、白髪の少年がいた。


「! アレンくん…!?」


それを見た女が、ぶるぶると震えはじめる。先程までとは違う意味で震える身体と声。


「しな…死なないで…。アレンくん死なないで…」


ゆっくり、ゆっくりと少年が身体を動かす。


「だ…大丈夫…」
「なぁんだ、生きてるの」


つまらなそうに言ったリチェが、初めて自らの武器を構えた。
透明でガラスのような、でも丈夫な武器。小さく折り畳まれていたそれを軽く振ると、カシャンと音を立てて1本の長い槍を形成する。

(イノセンス……発動)

胸の内で、小さく呟く。本当は、これを、イノセンスをエクソシストに向けたくなかった。でも、神の使者を騙るこの少年のことを、リチェは嫌いだし、正直目の前にいてほしくない。

軽く目を閉じて、息を吐く。そして少年に向けて振るおうとした、その瞬間。


「リチェ…駄目だよぉ」


左腕をロードに掴まれ、リチェは瞳を瞬かせた。

「な、なんで?」
「…それ、あいつに使っちゃ駄目でしょぉ?」
「……っ」
「仕舞ってぇ」


ロードの瞳を覗き込んで、数秒。リチェは武器を畳んだ。

本音を言えば、止めてくれたのが嬉しかったのだ。彼に対して使ってしまえば、リチェの自我は長くは持たないだろうから。

ロードの瞳から視線を外したリチェは、はっと息を呑んだ。


「ロード…ッ!」
「なぁに…って、あれぇ?」


時計を中心にして、円状に空間が『何か』に囲まれている。
と、時計の針が逆回転を始めた。円状の空間に歪な時計の模様が浮かび、時計に吸い込まれていく。
それは、そう…あの『時間が巻き戻る現象』の縮小版だった。


「…イノセンス?あの時計って、イノセンスだったんだ」
「そうだよぉ。言わなかったけぇ?」
「聞いてないよ」


そんな会話をしている間に、幾つもの時計模様が浮かんだ結界のようなもので円状の空間が覆われ、こちら側からは中の様子がわからない。


「何だぁ、これ?ロード様ぁ、これ触ってみていいですかねー?」


一体のアクマが結界に指を伸ばす。と、触れた瞬間に腕が切り落とされた。アクマの腕を切り落とした『何か』は、そのまま椅子に座るリナリーとロードと、レロと、それからリチェに向かってすごいスピードで飛んできた。


「!?ろーとタマ!!」


パッ、とロードとリチェとレロは椅子から飛びのいた。狙いはリナリーだったらしく、椅子はそのまま結界に持ち込まれる。


「ろーとタマ!リチェ!」


レロに飛び降りたロードと、レロの上、ロードの脚の間に腰掛けたリチェは、怪訝そうに眉を寄せた。


「あいつの手…ケガが治ってた」


飛んできたモノの正体は、白髪の少年の左腕、発動された怪我のない寄生型イノセンスだった。


「…時間を巻き戻すイノセンスね。厄介だな」


リチェはぼそっと呟いて、そしてあることに気付いて声を上げた。


「あ…!」
「リチェ?」
「…ロード、リナリーと再会するかもしれない」


リチェの言葉にロードが反応を返すことはなかった。突然風が巻き起こり、アクマ達が騒ぎ出す。
見覚えのある風に、リチェは微かに顔を歪めた。
再会決定…だ。


「どこだエクソシスト!!」
「ここだよ」


あっという間に一体のアクマが壊される。


「へぇ〜、エクソシストって面白いねェ」


ロードが面白そうに口端を上げた、その脚の間で、リチェは小さく溜め息をついた。





白髪の少年と共に、意識を取り戻したリナリーが姿を見せる。彼女は、何気なくリチェに視線を移した瞬間、息を呑んだ。その反応に、リチェは小さく手を挙げた。


「やぁ、リナリー。久しぶりだね」
「リチェ…ッ!?なんで…」
「リナリー、知り合いですか?」
「……彼女はリチェ・ロンド。元エクソシストよ」
「な…ッ!?」


目を見開いた白髪の少年に、ロードがクスクスと笑う。


「リチェ、なんで!」
「『なんで』ぇ?お前らが1番よく知ってるだろ」
「…っ!!」


リチェが答える前に、ロードが先回りして答える。リナリーは俯いて、唇を噛んだ。


「まあこんなわけで、私はノア……ああ、リナリーにはわからないか、千年伯爵側の人間なの。よろしく」


冷たく笑みを浮かべて、右手でロードの右足に抱き着く。


「ちょっとぉ。危ないじゃん、リチェ」
「あ、ごめん」


バランスを崩しかけてリチェに文句を言ったものの、ロードの表情は嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。


「レロロ〜、あいつら何がどうしてピンピンしてるレロ〜!?」


一瞬静かになったタイミングを見計らったように、レロが疑問の声を上げた。


「……ミランダって奴が適合者だったんじゃん?」
「あ、ミランダって名前なんだ、あの女」
「リチェが言うにはあの女、イノセンスの時計使って時間巻き戻したらしいしィ」


軽い口調でロードが答える。そんなロードを見て、一先ずリチェのことは置いておくことにしたらしいリナリーが、白髪の少年に尋ねた。


「…アレンくん。あの子、何?劇場で…見かけた子よね?」


アレンと呼ばれている白髪の少年は、躊躇うように口を噛んだ。


「アクマ?それに、ノアって…?」
「…………。…いえ、人間です」


両方の問いに対する、それが答えだった。


「…そう」


そのやり取りを見て、ロードが怪しく笑う。


「A…LL、E…N」


ゆっくりと口に出しながら、宙にアルファベットをなぞる。その意味は、少年の名前。


「アレン・ウォーカー。『アクマの魂が見える奴』」


アレンが驚いたような表情をする。


「実は僕ら、お前のこと千年公から聞いて、ちょっと知ってるんだぁ。あんた、アクマの魂救うためにエクソシストやってんでしょぉ?大好きな親に呪われちゃったから」


ロードの唇が、綺麗に弧を描いた。


「だから僕、ちょっかい出すならお前って決めてたんだぁ」


アレンの表情に警戒が映る。


「おいオマエ」
「ハイ」
「自爆しろ」


残った二体の内、一体のアクマを指差し、当然のことのように告げて、ロードはぺろっと唇を舐めた。アレンは目を見開いて驚いていて、その様子をリチェはまるで嘲笑うかのように笑みを浮かべて眺めていた。


「傘ぁ、10秒前カウントォ」


ロードに命じられたレロが、慌ててカウントを始める。


「じゅ、10レロ。9レロ。8レロ…」
「ちょっ?ロ…ロード様、そんなぁ…」
「7レロ」
「やっとここまで進化したのに…」
「6レロ」


レロのカウントが終わりに近付いていく。アクマは必死に抗議するも、ロードはすとんとレロの上、リチェの隣に腰掛けていて、完全に無視だ。


「5レロ」
「…っ!ロード様?」
「おい!?一体何を…」


アレンは警戒心をそのままに、疑問を投げて来る。こちらの味方を減らすようなことをしているのだ、疑問に思い警戒するのも仕方ないだろう。


「イノセンスに破壊されずに壊されるアクマってさぁ…たとえば自爆とか?そういう場合、アクマの魂ってダークマターごと消滅するって、知ってたぁ?」


軽く、軽く言われた言葉で、アレンに衝撃が走る。ロードの腕に自分の腕を絡めながら、リチェはそれを楽しそうに見ていた。


「そしたら救済できないねーー!!」
「2レロ」


残りのカウント数は、もう少ない。


「やめろ!!」


アレンは捨て身の覚悟で、自爆する前にアクマを壊そうと、突っ込んできた。


「アレンくんダメ!!間に合わないわ!!」
「1レロ」


楽しそうに嘲笑いながら、ロードとリチェはアクマが自爆するのを見ていた。


「ウギャアアアアアアアアアア」


結局、リナリーに止められたアレンは、アクマを壊せなかった。無茶をしようとしたアレンの横っ面を、リナリーが平手で打つ。

ロードとリチェは、終始笑顔だった。


「スゴイスゴイ。爆発に飛び込もうとすんなんて、アンタ予想以上の反応!」
「ふん。ざまあみろ!」
「お前ら…」


楽しそうに笑うロードと、馬鹿にするように笑うリチェを、アレンが憎々しげに睨みつける。そのアレンに、ロードが楽しそうに告げた。


「でも、いいのかなぁ?あっちの女の方は」


ハッとしてアレンとリナリーがロードが指差した方を見ると、時計の結界を、残った一体のアクマが狙っていた。結界の中にはミランダがいるはずだ。


「いかせるか」


その最後のアクマもあっさり倒され、しかし尚ロードとリチェの顔は笑っていた。


「壊(や)られちゃったか!今回はここまででいいやぁ。まぁ、思った以上に楽しかったよ」
「私、あんまり楽しくなかった」
「最後は楽しそうだったよぉ?」
「…ちょっとだけね」


クスリと笑って、ロードがリチェを引っ張りながらレロから飛び降りる。着地した、その目の前にロードの扉が現れた。


「じゃねェ」
「また、機会があれば」


踵を返し扉を潜ろうとしたロードの後頭部に、アレンのイノセンスが宛てられる。しかし、攻撃はしてこなかった。


「優しいなぁ、アレンはぁ。僕のこと憎いんだね。撃ちなよ、アレンのその手も兵器なんだからさぁ」


アレンの瞳から、涙が流れていた。先程のアクマを悼んでいるのだろう。


「でも、アクマが消えてエクソシストが泣いちゃダメっしょー。そんなんじゃいつか孤立しちゃうよぉ」
「辛いよ?孤立するってのはね」
「…っ」
「また遊ぼぉ、アレン」


ロードとリチェは、扉の中に消えた。


「今度は、千年公のシナリオの内容(なか)でね」





「ねえ、ロード」
「何ぃ?」


並んで歩きながら、リチェはロードに話し掛ける。


「…あの子、アレンだっけ?気に入ったの?」
「秘密ぅ。あぁ、でも1番はリチェだからねぇ」


ロードの言葉に嬉しそうに笑うリチェには、もうとっくにエクソシストへの未練はない。イノセンスは手放せないけれど。


「やっぱりロードが1番好きだな」


リチェは隣を歩くロードの手を、そっと握った。


[ back ]

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -