現実なんて知りたくなかった | ナノ


※原作を知らない方には不親切設計
※びっくりする程原作を文章化しただけ
※何故か百合っぽい



「ちょっとロード、大丈夫?」
「だいじょぉぶだよぉ、こんくらい。にしても……」


ロードはリチェを見遣って、ニヤリと笑った。


「やっぱりエクソシストなんだねぇ、リチェは」
「何を今更。…本当の神の使徒についたエクソシストだよ、私は」


自らの身体を壊しながら、イノセンスを持つエクソシストだけが通れるはずの結界をくぐり抜けてロードは、くい、と顔を上げた。


「おっ邪魔ぁ〜〜。ロード・キャメロットちゃん参上ぉ〜〜」
「…ねえ、今のホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だよぉ。僕は弱い人間なんかとは違うから、一緒にしないでよぉ、リチェ」
「違う違う、一緒にはしてない。ただ…なんか目茶苦茶グロかったから」


肩を竦めて、行こうと促す。懐かしい、なんだかとても懐かしい気配。
…あの子が、いる。


「……ねぇ」
「ん?」
「リチェは…ノアの家族同然だよぉ?」

エクソシストなんかに渡さない。

そんな瞳に苦笑いして、でも間髪を入れずに答えた。


「大好きだよ、ロード。私の大切な家族だもん」


――エクソシスト、私の昔の家族達。

でも今はどうでもいい。私にとって大切なのは、ロードとノアの皆、だから。もちろん、千年伯爵だって家族だ。

リチェはゆっくりと微笑みを浮かべた。





日付を越える、少し前。この街では30回目の10月9日が終わる頃。

どこかの建物の煙突の上に、2人の少女が佇んでいた。


「ホントに巻き戻んのかな」
「さあねぇ。楽しみじゃん?」
「……ねえ、アクマ震えてるんだけど」
「なんか言ったぁ?」
「なんでもない」


言ったところで無駄だろうとは思ったから、あっさり引いて。
さあ、もうすぐ時計の長針と短針が重なる。


「あ……」


街中の至る所にいびつな時計のマークが浮かび上がって、どこかを目指して消えていく。
…否、その動き方は『吸われていく』と表現した方が正しいかもしれない。

それが終わったとき、時計の短針は7を指していて、空では日が昇りはじめていた。

朝7時。31回目の10月9日だ。


「スゲー、今のぉ」
「マジな話だったんだ」


2人して驚いていない顔をしながら、驚いたような台詞を吐く。と、不意にロードの足の上に乗せられていた南瓜のアクマが、恐る恐るといった風に疑問の声を上げた。


「ロード様、エクソシストを放っておいてよいのですか…?」
「いいんじゃん?あいつらが、イノセンスを手に入れるまではねぇ」
「ちょっとロード、アクマ震えてるんだけど」
「ん〜、なんか言ったぁ?」
「…ううん、何も」


ロードに爪を立てられたアクマはガタガタ震えていて、それを見たリチェが一応再度ロードに伝えたのだが、案の定聞く耳を持たず。アクマの血をペロッと舐めたロードに、リチェはそれ以上の言葉を胸に仕舞った。





「イノセンス確保ぉ」


エクソシストのコートを着てご機嫌なロードに、ぐいぐい引っ張られて連れて来られたリチェは、派手な血文字にクスリと笑った。


《Fuck you! exorcist (ざまーみろ!エクソシスト)》


相変わらず、やることが派手だ。


「楽しそうだね」
「リチェは楽しくないのぉ?」
「んー、どうだろ。ただ……久々に懐かしい子と再会するかも」
「……エクソシスト?」
「そ、エクソシスト」


懐かしそうに瞳を細めるリチェに、なんだか苛立ちを覚える。それを押し殺すように、椅子に深く腰掛けた。いつもなら、そんなことしないのに。

少し不機嫌になったロードに、傘の形のゴーレム、レロが困ったような、焦ったような声で話し掛けてきた。


「駄目レロ、ろーとタマ」


うるさいなぁ、と風船ガムを口に放り込んだ。リチェの手が伸びてきて、ロードのスカートのポケットを漁る。飴玉を見付けたリチェは、そのままそれを口に入れた。


「あ、レモン」
「ハッカじゃなくて良かったねぇ」
「ろーとタマ!話を聞いて欲しいレロ」


からころとリチェが飴玉を転がす音を掻き消すように、ハラハラとどこか怯えたようにすら見えるレロの声が響く。


「学校サボって勝手なことしたら、伯爵タマが困るレロ」
「うっさいなあ、傘は黙ってろよ」


必死のレロを鬱陶しそうにあしらいながら、ロードは拾ったらしいエクソシストのコートのフードを深く被った。

と、不意に震え声が聞こえた。


「ねえ、お願い…」


両手を時計に当てた恰好で手の甲を串刺しにされた女が、涙と真っ赤な血を流しながら、声を絞り出していた。


「私を、解放して…」


そんな彼女にロードは暗く冷酷な瞳を向けながら、ガムを膨らませる。リチェに至っては完全に無視だ。


「死んだら解放してやるよ」


嘲笑うようなロードの言葉が、薄暗い部屋に響いた。




アクマの連れてきた、気を失ったままの黒髪の美しい少女で楽しそうに遊ぶロード。服を着せ替え、髪を巻いてご満悦な様子に、今度はリチェの機嫌が怪しくなった。


「リチェ、どうしたのぉ?」


それを感じ取ったらしいロードは、いたずらっぽくニヤニヤとリチェに向かって笑いかける。

…成る程、わざとか。


「ロードは意地悪だよ」
「えーぇ」


それにしても、とロードの人形と化した少女を凝視する。

…間違いない。間違えるはずがない。彼女はリナリー・リー。リチェの、かつての家族であり親友だ。


「リチェの再会の相手ってこの子ぉ?」
「うん。でも…多分再会しないで終わりそうだね」


しばらくは目覚めないだろうし……そのうち目覚めることもできなくなるだろう。


「うん、やっぱ黒が似合うじゃ〜ん」
「ロード様、こんな奴きれいにして、どうされるのですか?」
「お前らみたいな兵器には、わかんねェだろうねェ」


アクマに聞かれ、ロードは楽しそうに答えた。


「エクソシストの人形なんて、レアだろぉ」


その声を聞きながら、ふい、と視線を逸らしたリチェの瞳は、ある一点に釘付けになった。


「あっ」
「どうしたのぉ?」


不意に声を上げたリチェに、不思議そうにロードが視線を向ける。
リチェの視線の先は、リナリーと共に捕らえられ、寄生型イノセンスである左手をロードのキャンドルによって壁に串刺しにされた白髪の少年が。リチェの記憶にないがエクソシストのようなので、恐らく新入りだろう。

その彼が、目覚めていた。


「起きたぁ〜〜?」


ガムを膨らませ、楽しそうなロードの隣を見て、白髪の少年は叫び声を上げた。


「リナリー!!!」


やはり、リチェの思った通り、リナリーらしい。


「気安く呼ぶなよ。ロード様のお人形だぞ」


すごむアクマの脇で、ロードは、


「リナリーって言うんだぁ。かわいい名前ェ」


語尾に音符を付け、ハートを撒き散らしながらリナリー人形に抱き着いてご満悦。一方のリチェは、ロードがリナリーに抱き着いたのを見て、再び機嫌が降下していたが。


「お前をかばいながら、必死で戦ってたぜェ」
「……っ」


ケケケと笑うアクマを尻目に、白髪の少年はロードに見覚えがあるらしく、息を呑んでロードに話しかけた。


「キミはさっきチケットを買いに来た…!?キミが『ロード』…?あ、でもキミは…?」


リチェにはまったく話が読めなかったが、後半はリチェに向かって言われた言葉だ。


「どうしてアクマと一緒にいる……?」


……ああ、そうか。思い出した。

――この少年が、父親をアクマにし、その父親に左目を呪われた少年。
呪われた左目は、ヒトとアクマを識別する。


「アクマじゃない…………。キミは、キミ達は何なんだ?」
「僕は人間だよぉ」


リチェは黙っていた。本当のことは言わなくても問題ないし、言う義理なんてないからだ。


「何、その顔?人間が、アクマと仲良しじゃいけないぃ?」
「アクマは…人間を殺すために伯爵が造った兵器だ…。人間を、狙ってるんだよ……?」
「兵器は、人間が人間を殺すためにあるものでしょ?」


ロードが歪んだ笑みを浮かべた。


「千年公は、僕の兄弟。僕達は、選ばれた人間なの」


ロードの肌の色が変わっていく。


「何も知らないんだね、エクソシストぉ。お前らは、偽りの神に選ばれた人間なんだよ」


額には複数の十字架…ノアの象徴である聖痕が浮かび上がる。


「僕達こそ、神に選ばれた本当の使徒なのさ。僕達、ノアの一族がね」


そこにいた少女は、もはやロード・キャメロットではない。

ノアの第8使徒・夢(ロード)だ。


「ノアの…一族…?人間…!?」
「シーーーー!!!」


白髪の少年が呆然と呟いたその声を、レロの慌てた声が掻き消した。


「ろーとタマ、シーー!!知らない人にウチのこと、しゃべっちゃダメレロ!!」
「えー、何でぇ?」
「ダメレロ!大体、今回こいつらとろーとタマの接触は、伯爵タマのシナリオには無いんレロロ!?」


慌てすぎたのか、『ロ』がひとつ多い。そんなくだらないことを考えて、リチェはくすくすと笑っていた。


「レロを勝手に持ち出した上に、これ以上勝手なことすると、伯爵タマにペンペンされるレロ」
「千年公は僕にそんなことしないもん」
「ロードに甘いよね、千年伯爵は」


ぎゃあああ、と泣きわめくレロに半眼になってさらりと答えるロード。そんな2人に、肩を竦めるリチェ。いつもいつも、なんでこう騒がしくなるのだろう。


「物語を面白くするための、ちょっとした脚色だよぉ。こんなんくらいで千年公のシナリオは変わんないってぇ」


ドン、と物凄い音がした。さすがのロードも驚いた顔をする。リチェは小さく顔を歪めた。

串刺しにされていたはずの、イノセンスの左腕。力任せに壁から剥ぎ取ったらしく、損傷は酷い。
ロードは表情を和らげて、白髪の少年に近付いていく。


「何で怒ってんのぉ?」


ロードには一切の殺気を感じない。彼女は彼を殺そうとは思っていない。


「僕が人間なのが、信じらんない?」


腕を伸ばして、首に抱き着く。ゆっくりと白髪の少年を抱きしめる。

明らかにリチェの機嫌が悪くなったが、ロードは知らんぷりだ。


「あったかいでしょぉ?」


ドクン、ドクン、心臓が波打つ。


「人間と人間が触れ合う感触でしょぉ?」
「……っ」


白髪の少年は、左手のイノセンスを発動した。苦しそうに歪んだ顔で、彼が人間を傷付けるのを好まないことが見て取れる。

条件反射で、リチェの右手がスカートのポケットを探る。手に触れた冷たい感触を握り締めかけて、しかしポケットから出す寸前で放した。

大丈夫、たかがイノセンスで、ロードはやられない。


「同じ人間なのに、どうして…」
「『同じ』?それはちょっと違うなぁ」


ギリッと歯軋りした少年に、怪しい笑みでロードは答える。

次の瞬間、発動されていた白髪の少年のイノセンスを躊躇いもせずに掴み、自分に向けてぶつけたロードに、少年は目を見開いた。


「な…っ!?自分から…」


ぼろぼろになったロードの顔を見て、リチェが顔を歪める。
ロードが無事なのはわかってる。でも…いい気はしない。

ロードは少年の襟首を掴み、ぐっ、と自分のぼろぼろになった顔を近付けて、言う。その行為すらリチェを不機嫌にしているが、ロードはリチェに反応を寄越さなかった。


「僕らはさぁ、人類最古の使徒、ノアの遺伝子を受け継ぐ『超人』なんだよねェ」


いつの間にか浮かび上がったロードのキャンドルが、白髪の少年を狙っている。


「お前らヘボとは違うんだよぉ」


しかし、彼を襲ったのは、直接ロードの手に握られていた、先の鋭いキャンドル。
左目を貫かれた少年の叫び声が響いた。


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