月の色 | ナノ



  3


(まずい…)

 眠れない。
 ここ数日ずっとそうだった。環境が激変したせいだろう。慣れた気配がなくなった影響は予想以上に大きい。今朝目の下にうっすら浮かんだ隈に対する衝撃は強かった。今はまだじっくり見られなければ気づかれないだろうが、あと数日これが続いたら己が所属する委員会の委員長のようになってしまうだろう。アイドルとしてそれはあるまじきことだ。
 だが、無理やり眠ろうとして眠れるものではない。さらに隣で寝ているまったく知らない気配が三木ヱ門を落ち着かなくさせた。これなら滝夜叉丸か喜八郎が隣にいるほうがまだましだった。


「…ねむれない?」

「っ…!い、あ、えっと…」


 いいえ、と言おうとしたが、そもそも返事を返す時点で眠っていないことの何よりの証明になると気づく。もごもごとして結局黙り込むと、隣で気配が起き上がったのがわかった。
 同じように体を起こして視線を向けると、おろされた明るい金の髪に窓から差し込む月の光が綺麗に反射する。目立ちそうな髪色だな、とあやふやにそれだけ思いながら、近寄ってくるその人を見つめる。


「じゃあ、髪梳かしてあげる。」


 よく眠れますように、って。
 するり、後ろに回りこまれるのを、なぜか抵抗できずに許してしまう。さっきと違う、静かな声はどこかぼやかす効果を持っているようだった。
 いつの間に出したのか、櫛を片手に一房を丁寧に掬い取られる。痛くはなく、けれどくすぐったくもない。ただやさしいその手つきは、彼が起き上がってからのどこかぼんやりとした雰囲気を増長させる。
 月の光が差し込む薄暗い部屋が、ゆるゆると真っ暗な空間に変わっていくのに時間はかからなかった。

 

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