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オペランティック・シトロネロール



杏ちゃんが神尾くんの友達として普通に出てきます。お互い恋愛感情はありません。苦手な方はご遠慮ください。
















 なんだか最近、妙に覚えのある匂いを纏った人とよくすれ違う。どこで嗅いだのか、なんの匂いなのか、思い出せないけど、嫌いじゃない匂いで。









『ふーん、珍しいね、アキラがそんなこと言うなんて』

『そうか?』

『それ以前にアキラってそんな繊細なキャラだったっけ?似合わないよなぁ、どっちかって言ったら俺の方がそういうの似合うと思うけどなぁ』

『おい深司、相談乗る気があるんだったら真面目に答えろよ!』

『はいはい、まあアキラのことだからどうせ芳香剤の匂いじゃないの』

『バッカ、うちのは金木犀だっての!いくら俺だってそんぐらいわかるに決まってるだろ!』

『あ、うちのも金木犀だ。じゃあさ、』

『あーもういい!自分で探す!』


 ブツン!
 一拍おいて不通音が鳴り出すケータイをじっと見つめて、伊武は呆れたため息をついた。








「あれ、杏ちゃん。その匂い…」


 部活前にふたりで話していると、ふんわりと漂ってきたのは最近ずっと気になっている匂いだ。思わずそう聞くと、気付かれたことが嬉しいのか彼女はニッコリと笑った。


「これね、最近人気の香水なの!気づいてくれるなんて、アキラくん鼻いいんだね」

「いや、そうでもないよ」


 その辺りにつけたのか、リストバンドをずらして手首を指さす彼女に、最近の悩みが解決するかもしれない、と期待を込めて思わず身を乗り出した。


「前からそれつけてたっけ?」

「ううん、おこずかい貯めて、昨日やっと買ったの!うれしくて早速つけてきちゃった」

「あー、そっか」


 昨日買ったのだったら神尾が覚えのあるのは杏じゃない。がっくり、落ち込んでいるのを隠しきれない神尾だが、よほど嬉しかったのか杏はそんな神尾の様子にも気づかずそのまま話し続ける。


「あんまり甘くなくてね、でも女の子っぽくて、甘ったるい香りが苦手な人にもおすすめだよ、って言われて、」

「へぇ、そうなんだ」


 他に香水をつける人なんていただろうか?母親は香水が苦手だし、姉はもっと甘ったるい匂いを好んでいた。ああでも、香水とかじゃなかった気もする。他にも匂いが溢れてて、その中にその香りだけが際立って印象に残っている。
 なんだっけ。どこか、大切な場所だった気がするのに。映像がまったく出てこない。あと少し、何かキッカケがあれば。


「ローズ系ってすごく人工的な香りがするから苦手だったんだけど、これは好きなんだよね」

「…へ?」


 ローズ系。ローズってつまり、


「ばら…?」

「うん、そう。バラの香りがベースなんだよ、ってアキラくんどうしたの?!顔真っ赤!」

「う、わ、…」


 どうしよう。頬が熱い。
 そうだ、思い出した。
 大分前、跡部の家に行ったとき、跡部はなぜか庭園にいて。
 そこで、真っ赤な薔薇を一輪、差し出されたのだ。


『持ってろ』


 丁寧にトゲを取られたそれは、とっくの昔に枯れて捨てた。跡部とはそれ以来、お互い忙しくて会っていない。何しろあいつは受験生だ。
 つまり、それほど会っていなかったというのに、匂いだけは覚えていて。
 周りを巻き込んでまで探した香りが、実は跡部のとこの香りでしたとか。


「なんて言えばいいんだよ…」


 隣にいる少女にも、この間の電話相手にも。
 言えば、「惚気だ」と笑われることは確実で。


「跡部のせいだ、バーカ」




オペランティック・シトロネロール

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