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消えた僕たちの雨降り


「石田ー。ちょっといいか?」


 休み時間に入ってすぐに大きな声で石田を呼ばわったのはアキラだ。
 大方肉体鍛錬のメニューについての相談でもあるのだろう。全国大会での結果や、俺達の今の実力、それと来年少しでも多くの部員が入ってくれるようにとメニュー全体の見直しを進めると言っていた。


「ん、わかった。ありがとな、石田」

「おう。また後で」


 手を挙げて走っていくアキラをぼんやりと見ていると、いつの間に戻って来たのか石田が目の前に座っていた。


「神尾もさ、部長らしくなってきたよな」

「…そう?」


 ああ、と自信ありげに頷く石田に、イマイチ納得できない、と返す。
 だってそうだ。別に今までのアキラと今のアキラ、変わったところなんてない。うるさくてテンションの上がり下がりが激しいのもスピードばかりにこだわるのも相変わらずだ。


「そんなことないだろ」


 目を細めるように笑うと、彼から厳格な印象が拭われる。ガタイもいいから初対面にはよく怖がられるけど、すぐに懐かれる。それは多分、彼が人のいいところを見つけるのがうまいから。


「あいつ今すごく部のこと考えてるだろ。俺らだったら橘さんが作ったメニュー変えようなんて思わないけど、来年のことを考えると確かにそっちの方がいいような気がするんだ。橘さんも賛成してたし」

「…うまくいくとは限らないよ」

「だけど、やらないよりはマシだろ?」


 笑った石田に、そうかな、と考えてみる。
 そう言われて見れば、変わったかも知れない。よほど注意しなければわからない、けれど相当すごいこと。


「愚痴、言わなくなった」


 あれだけ練習きついだのなんだの電話口で言っていたのが、そういえば最近は聞いていない。


「な、部長らしくなってきただろ?」

「…かもね」


 認めてやってもいいかも知れない。俺の親友の神尾アキラは、部を任されて、今、気付かないほどゆるやかな、それでも確かな変化を遂げている。
 来年、新入生が入る頃には、きっと一人前の顔をして後輩に指示を出している。それでもすぐに熱くなるところは変わらなくて、下手したら新入生と本気で試合なんてことになるかもしれない。それを森と桜井があわてて止めて、なんて想像ができたことに驚いた。
 ああ、あいつは部長なのだ。今まで納得出来なかったことが今は納得出来て、でもそれがなんだかちょっと悔しい。


「ま、橘さんには遠く及ばないけどね」

「ははっ、橘さんみたいな神尾って気持ち悪いな」


 違いない。




消えた僕たちの雨降り

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