一言で世界は変わる*






「はい、もしもし?」

『おん、□□か。今日は早く帰れると思う』

「はい、わかりました。気つけて帰ってきて下さいね」



夕飯の支度をしていて鳴った電話は八百造はんからで、”早く帰る”という短い内容の電話を終えて、ガチャっと家電の受話器を置いた。



「お父はん今日は早く帰ってくるて」



台所に戻ると、夕飯の手伝いをしてくれていた娘にそう言い、私もまた夕飯の支度を始めた。



「なぁ、お母はお父と大喧嘩した事てあるん?」



急に娘にそんな質問をされてしまった私は少し驚いて料理を作る手が止まってしまった。

私は笑って”いつもしとるよ”と言うのだが、どうやら娘が聞きたかったのはそんな事ではなかったらしく、”家を出てくくらいの大喧嘩”との事だった。

”そうやねぇ……”と少し考えた私は、ある事を思い出して、料理を作りながら少し昔話をする事にした。




「大した話なんて、何も無いんやけどね………」





それは、私がまだ志摩家に嫁いだばかりの頃だったと思う…………





今でもそうなのだが、八百造はんは仕事から帰る前や、仕事が長引いて帰りが深夜になりそうな時も、必ず家に電話を入れてくれる。

私はそれに合わせて夕飯の準備等するのだった。



ただ、その日は違っていて時計が21時を過ぎても連絡が無かった。



((八百造はん、今日は遅くなるんかな…なんも連絡無いけど))



同じ祓摩師のお義父様は先に帰られて、八百造はんの事を聞いたらまだ残っていたとの事だった。



あまり夫の仕事先に連絡をする、という事はしたくなかったのだが、何かあったのかもしれない、と不安になってしまった私は、聞いていた連絡先へと電話をかけた。


けれど、同じ明陀の門徒の方が言うには、”もう随分前に帰りはりました”との事だった。


私は一応、虎屋へ連絡も入れてみるが”八百造はんは来とらんよ”と言われてしまった。


昔は携帯電話なんて無い時代だったから、明陀の総本山に居る時なら良いのけれど、外出していたらもう、八百造はんから連絡して貰わない限り、こちらから連絡する事は出来なかった。



((何かあったんやろか……))



時計は22時、23時と過ぎていくが、連絡も帰って来る気配も無くて、外は雨が降り出していた。


朝は天気がよかったから、八百造はんは傘を持っては行かなかった。


私はじっと家で待ってられず、上着を着て、傘を持ち雨の降る暗い外へと飛び出した。


当てがあった訳ではなく、ただ家の付近だけでも回ってみようと思ったのだった。

もし八百造はんに会えたら、傘を渡して、少しでも雨に濡れなければ良いなと。



しばらく外を回って見たのだけれど、当てがあったわけでは無かった為に、八百造はんを探す事が出来ずに私は家に帰えってきた。



と家の前に、一台のタクシーが停まっていた。



中から降りて来たのは、八百造はんと、



見知らぬ女の人で……………





そして、八百造はんは、その女の人を抱きしめて……………





私は、持っていた傘が手から落ちた。



時が止まった様に、その場から動けなくなってしまった。




天の漆黒の闇からに降る雨は、冷たく私の身体を冷やしていった…………




女の人がタクシーへと乗り、横を通り過ぎた時、私の身体はようやく動いた。


一歩一歩、足を動かして進むと……、玄関先に八百造はんがいて、私に気付いて声をかける。



「おん?□□〜〜、たらいまぁ」



………香るお酒の匂いに、呂律が回っていない言葉遣い。



「なんやぁ?□□も出かけとったんかぁ?おん、そや……」



と、八百造はんは私に、お弁当の包みを渡す。渡されたそれは、私が朝八百造はんに渡した時のまま、中身が入っている重さだった。



「…………っ!うちが、どないな想いして待っとったとっ……」



私は八百造はんに思い切り、持っていたお弁当を突き返し、傘を叩きつけて



「もう知らん!!八百造はんのドアホっっ!浮気もん!!」



ドンと、八百造はんの身体を玄関先から突き出し、ガラガラと思い切り玄関の戸を閉め、自分の部屋へとかけていった。








「……てな事が昔あったなぁ……」

「………なんやそれ、お父最低やな!!」

「お父はんモテたから大変やったんやよ〜〜。結婚する前、女の人絡みの問題幾つあったか………」



ふぅ、と私は溜息をついた。

思い出すと本当大変だったなと思う。



「で、お母は出てったの?」

「せやったら此処におらんし、誰も生まれてへんくなるやろ?」

「………そやな…え、でも、どやって仲直りしたん?」

「ん?タイミングやったんやろねぇ……今思うと不思議なもんやな。まぁ、そこはお母はんのいい想い出やから秘密やな」

「なんやそれ?」




私はクスクスと笑った。









夜遅くなっても帰らず、心配していた夫が、上機嫌に飲んで、しかも女の人と一緒で抱き着いている姿を見てしまった。

しかも、毎朝一生懸命作っているお弁当をそのまま持って帰ってこられて、私は一気に頭にきてしまったのだった。


凄く頭に来たのもあったのだが、本当は悲しかった。



”何かあったのかも””雨で濡れて帰ってくるかも”と、私は凄く心配していたのに、本人は女の人と楽しくしていたのだ。

お弁当もいつも一生懸命作っているのに、そのまま返されてしまって、もう悲しくて仕方が無かった。

私が八百造はんを想っていた気持ちは何やったんだろうとか、私の事を好きや無いから、だとかお弁当やて美味しく無いから……とかイロイロ考えてしまって瞳からポロポロと涙が溢れる。



((八百造はんのドアホっっ……))



敷いていた布団を目深に被り、ふて寝を決め込んだ。




パチっと目が醒めた時はもう朝で、時計の針がいつも起きる時間よりも1時間以上過ぎていた。

私は急いで、パタパタとかけて行くと、八百造はんやお義父さまの姿は無く、お義母さましかいらっしゃらなかった。

”寝坊してしもて申し訳ありません”と言うと、”大丈夫なんか?”と凄く心配されてしまった。

お義母さまに話を聞くと、八百造はんが”□□具合悪いみたいやから、寝かしといてやってや”と言われたらしい。



((八百造はんがそないな事……ただ、うちの顔見たく無かっただけやんか!))



私は昨日のモヤモヤとした事がまだ頭に残っていたから、逆に私も顔見なくてよかったなんて思っとった。



((朝のんびりしてしまった分働かん、と……あれ?……))



クラクラと頭が揺れて、足に力が入らなくなったと思ったら、そこで私は意識を手放した。







私はゆっくりと目を開けると、見えたのは見知らぬ白い天井だった。



「□□、目ぇ醒めたか……」



私の手をギュッと握る感覚がして、声の方を向けば八百造はんだった。



「あれ………うち、家におったはずなんに……」

「家で倒れたんや。連絡きて飛んできた」



”連絡きて飛んできた”て言う八百造はんに、私はプイっと顔を背けて”嘘や……”と言う。



「やて、昨日は全く繋がらんかった。何処におるかもわからんかったし……うちなんかの為に、八百造はんが飛んで来るわけない」



私は自分の言葉に自分で悲しくなってしまい、昨日と同じ様にまた涙が出て来てしまう。

顔は見えないが、八百造はんは私の手をギュッと強く握った。



「………□□、なしてそないな事言うんや?」

「……八百造はんは………昨日一緒やった…女の人のがいいんやろ?うちの作ったお弁当も……食べた無いんやろし……うちは、必要無いやんかっ!!」



涙を流しながら、思ってた事を全部言う。


”私は八百造はんに必要無い”、そんな事を思っていた。


そしたら、ベシっと頭を叩かれた。”痛っ……何すんのっ”私は思わず八百造はんの方を見てしまったら、八百造はんは凄く真面目な顔をしていた。



「”ドアホ”は□□や。昨日ん言葉まんま返すわ」



”ドアホ”て……私が酔った八百造はんに言うた言葉だった。”覚えてたん?”と聞けば”おん”と言う。



「自分事”必要無い”とか言うな。俺らには□□が必要や……俺の好きな女も、嫁も□□だけや」



そう言って、八百造はんは私の髪を優しく撫でる。

そして、めったに笑わない八百造はんが、笑って言うのだった。



「□□、俺らの家族が出来たんやで?」

「………かぞく?」

「俺らの子や!」



”俺の子やなかったら困るけどな”と冗談を言う八百造はんにも反応出来ずに、私はただポカンとしてしまった。


”□□?”と頬に添えられた大きな手に、私は



「ほ……んまに?うちに、子供おん…の?」

「おん…医者のせんせからはまだ安静にしとらんとあかんて言われたで」



私は先程とは違う、嬉し涙をポロポロと流す。

八百造はんは、私の流す涙を拭って優しく抱きしめてくれた。



「俺にも、お腹の子にも□□が必要や。せやから、自分は必要無いて言うなや、な?」

「……はいっ…ご、ごめんなさい…」

「俺も昨日は連絡せんと悪かったな……いろいろ連絡くれたり迎えに来てくれたんやろ?……ほんま堪忍な」



八百造はんは、私の額に優しく口付け




「□□、二人で幸せな家族つくってこうな」




涙を流しながらもコクンとうなずく、私の髪を八百造はんはゆっくり撫でて話す。



私は八百造さんの胸に抱きしめられながら、ゆっくり心を落ち着かせるのだった。










「え、じゃぁ気になるから、浮気相手の女の人は誰だったの!?」

「そもそも浮気とかやなくって、全部うちの勘違いやったんよ」

「えぇー!何やそれ!でも抱き着いてたんやなかったの!?」

「そやねぇ……言うても”のろけ話や”言われてしまうだけやと思うんやけど……」



不思議な顔をする娘に、私は”お父はんはな……”と話を続けた。



「家に連絡しなかったんは、突然飲み会に拉致されて飲まされたんやって。うちらの結婚御祝いて皆のサプライズやったらしい」

「拉致とか……やりそうな人達ばかりやもんね……」

「聞きたい言うてた、抱き着いてた相手はそん時は知らんかったんやけど、蟒はんの奥様やったんよ」



その時私は気が動転していたのもあったのだが、どうやらタクシーには蟒はんも乗っていたらしい。



「後から聞いたんやけど、飲まされてかなり酔っとった八百造はんは、うちと間違えて、いろんな人に抱き着いとったんやって……迷惑な話やね」

「うわ……ごちそうさま……まぁ、えぇ事聞いたわ((後でお父強請ってみよ))」

「せやから最初から、お母はん、大した話あて何もない言うたんよ?」



私はクスクスと笑って娘にそう言う。

話した事は少なかったけれと、それでも何か悪い事を思い付いたのか、娘はニヤニヤとしていた。


と、玄関の戸がガラガラと開いて”ただいま”と言う声が聞こえると、私は玄関先へと向かう。



それ以来、八百造はんはきちんと連絡を欠かさない様になり、今日もいつもの様に電話をくれていた。




「八百造はん、お帰りなはい。ご苦労様です」

「おん、ただいま」



はい、と八百造はんから手渡されたお弁当を受け取ると、少し重かった。



私はクスクスと笑っていると、八百造はんは少し照れ臭そうにしている。





「明日も一生懸命作りますね」

「おん……頼む」











私は病院からはその日のうちに退院出来た。


お医者様からは、子供が出来たから、しばらくは安静に……との事だったけれど、八百造はんへのお弁当だけでも準備をしようと、私はお弁当の包みを開けた。



すると、食べ残されて来たと思ったお弁当は、綺麗に洗われており、お弁当の中に、お菓子が入っていた。


私はどうやらこの重みを勘違いしたらしい。



中から取り出そうとしたら、割り箸の紙がヒラヒラと落ちた。



そこには、八百造さんの達筆な字で






   □□へ


   御馳走様

 弁当、美味かった。

   明日も頼む。


    八百造







私は、その短く書かれた割り箸の紙だったけれど、凄く嬉しくて今でも大切にしまっている。











Thanks 5000hit!


ryo hazuki


12/05/04


。。





5000hitフリリク・華吹雪様より

「八百造奥様設定・大喧嘩→仲直り切甘」でした!

大喧嘩というか一方的に怒ってたんですがw

なかなか思いつかずにこの様な形になってしまいまいした・・・


リクエストに添えているのか不安ですが、花吹雪様いかがでしょうかっ・・・

気に入っていただけたら嬉しいですっ!


これからもどうぞよろしくお願い致します!

一生懸命頑張りたいと思いますっ!!

リクエストありがとうございました!また機会があったらご参加下さい♪

お待ちしていますっ!




[bookmark]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -