甘い香に包まれて
「○○、今時間有るか?」
「え?はい…大丈夫ですけど?」
今日私は出張所の内勤で、執務室で書類整理をしていた。
仕事に熱中していたせいか、いつの間にか、時計の針は13時近くをさし、これからお昼休みを頂こうかと思っていた時に、執務室に戻ってきた柔造さんに声をかけられた。
何だろうと思っていた私に、柔造さんはそのまま話しを続ける。
「○○、昼飯は弁当やったよな?まだやろ?」
「はい、これから頂くつもりでした。お昼はお弁当ですね」
「それ持って5分後に出張所の裏に集合な!」
”えっ…”と言う私の言葉は聞かず、柔造さんはニコニコと笑って、私の頭をポンポンと撫でて笑って執務室から出て行ってしまった。
((どうしたんだろ?))
そんな事を思いながらも、私は柔造さんに言われた通りに荷物を持って、待ち合わせの出張所の裏に行く。
私が行った時にはまだ柔造さんは来ていなかったが、直ぐにやって来て”行くで”と歩き出してしまった。
訳のわからない私は、柔造さんに尋ねる。
「ど、どこに行くんですか?」
「まぁ、すぐそこや!」
私は”はい…”と言って、柔造さんに着いていくしかなくて、柔造さんの後ろを歩いた。
歩くにつれて、何だか坂道が多くなり、山を登っている様だった。
体力がある方では無いので、少しの坂道でも息が上がってしまう気がする。
「着いたで!お、誰もおらんな!」
”着いた”と言って、たどり着いた所には、大きく綺麗な桜の木があった。
「○○、こっち来ぃや!」
綺麗な桜に思わず見取れていたら、先を行く柔造さんに、ちょいちょい、と手招きされて近くに歩いていく。
柔造さんの側に行くと、先がひらけていて、街の景色を一望出来る。
「うわぁ…凄いっ!」
「こっから、町並みや出張所も見えるんや…眺めえぇやろ!しかもこん桜も見事なもんでな!」
柔造さんが自慢げに話すのもわかる気がする程に、見事に綺麗な桜と、良い眺めだった。
「はい、綺麗ですね!」
「せやろ?此処で一度弁当食べてみたくてなぁ」
柔造さんは持っていた鞄から小さなシートを取出して、”よっ”と言って広げると、ドカっとその場に座り込む。
「○○と花見しよ、思てな。用意してきたんや。桜も見ごろやし、今日はめっちゃ天気えぇやろ?」
シートなど、準備がいいなぁと思ったがそういう事だったのか。
ポンポンと、柔造さんが自分が座る隣のシートを叩くので、私はそこに腰掛ける事にした。
「お花見するって事だったら、きちんとしたお弁当作って来たんですが…あの、自分の分しか用意して無くて……」
「急に思いついた事やし、それはしゃぁないわ!いつこんなえぇ天気なるかわからんしな!」
”せやから…”と言って、柔造さんはまた鞄からペットボトルのお茶と、和菓子を出した。
「○○が好きな甘いモンで花見にしたわ!」
柔造さんはニっと笑ってそう言ってくれる。私が甘いモノが好きだと柔造さんは覚えてくれていたらしい。
「あ、ありがとうございますっ!あれ…でも柔造さんはお昼は?」
「俺は実は食べてきてしもてたんや…すまんなぁ。せやから○○食べててええからな」
「そうだったのですね。時間もありますし、ではいただきます」
私はお弁当を開き、桜を見ながら食べだす。
天気が良く心地好い陽射しに、爽やかな風が吹き、気持ちがよかった。
「あ〜〜〜!ホンマ気持ちえぇな!眠たなってくるわぁ」
と、ゴロンと柔造さんは横になって桜を見上げて”ほんま綺麗やな”と呟く。
私も、くすくすと”本当ですね”と笑って答える。
「本当はもっと、ゆっくり時間作って、きちんと弁当とか持って出かけたいんやけどなぁ……。時間も天気もよく無いと難しいやろ?」
私達の仕事は不規則で、会社員の様に時間か決まっている訳では無いから、例えば”土曜に花見”など約束したとしても、その通りに出来ない事が多い。
「そうですね、でも今日は本当に良いですね。天気も桜も本当に綺麗でお花見出来てよかったです。柔造さんありがとうございます」
私は、横で寝そべる柔造さんの方を見てニコリと笑った。
「おん、あと此処んとこ忙しかったからなぁ……○○も、最近疲れとったやろ?」
「そんな事は…無いですけど……」
「ほんまかぁ?○○は溜め込むから心配なんや。きちんと疲れてたり、悩み事あったら相談せんとあかんからな!」
柔造さんは、寝ていた身体を起こして、私の方を真っ直ぐ見て言ってくれる。
実際、柔造さんの言う通り、最近ゆっくり休めてなく、疲れていた。
「私、そんなにわかりやすいですか?」
「他んヤツにはいつもの○○かもしれんけどな。○○の側におったら違いくらいわかるわ」
柔造さんは、無理をしているそんな私もお見通しで、何でもわかってしまうのだろうか。
申し訳ないな…と思ったけれど、柔造さんが、私の事を心配してくれるのが何だか嬉しかった。
今日、こうやって連れて来てくれたのも、そんな私を心配してくれたからかもしれない。
それだけで、私のモヤモヤとした気持ちは晴れて、温かい気持ちになって、顔が綻んでしまう。
「でも本当大丈夫ですよ!今日此処に来れて大分気持ちも穏やかになれました!ありがとうございます」
「そか、それやったらよかったわ!」
私はそんな柔造さんの気持ちが本当に嬉しくて、笑ってそう答えると、柔造さんも、私の頭を少しくしゃっと撫でて笑い返す。
「俺も、最近疲れとったかんなぁ〜!○○も、俺もたまにはのんびり息抜きせなな!」
「そうですよ!柔造さんこそゆっくり休んで下さいね!」
「おん。ありがとうな!お!それ、もらうわ」
”え?”と言う前に、柔造さんに私の手を取られて、フォークで刺した卵焼きを、パクリと口に含まれてしまった。
モグモグと口を動かして”美味い”と言う柔造さんに、私は少し恥ずかしくなる。
「○○の作るもんはいつも美味いな」
「そ、そんな事無いですよ…」
「そや、今度俺の弁当も作ってきてや!○○は知らんかもしれへんけど、○○の作るモン美味いて評判なんやで!」
私は柔造さんの言葉に驚いていると、”ほんまやで?”と言って、私がたまに差し入れする料理の事だと教えてくれた。
「たまにでえぇから、○○の作った、美味い弁当食べたいんやけど……」
”駄目か?”て期待した顔して、私の顔を覗き込む柔造さんに、”ダメです”なんて言える訳もなく、私は違う方を見ながら
「期待…しないで下さいね」
とボソッと言うのだった。
私の言葉に柔造さんは、ニコニコと嬉しそうにしていた。
「○○が何か作って来てくれるんやったら、俺は○○が好きな甘いモンでも探しとくわ!甘いモン好きやろ?」
って言う柔造さんに”好きです…”と言う。
「そんじゃあ、○○……俺ん事は?」
「……えっ!!」
柔造さんはニッて笑って聞いてくる。
私に言わせようとする、こういう意地悪な柔造さんはちょっと苦手だ。
「す………」
「ん、す?なんやて?」
「きっ………っっ、に、ニヤニヤしながら楽しそうにしないで下さいっ!!」
ボンって爆発したように私は顔の熱が一気に上がる。
楽しそうに笑う柔造さんに、私は怒ってみせるが、それでも柔造さんはニコニコと笑い続ける。
「○○があんまり可愛いらしゅうて、意地悪してみたくなってしもて!」
「ひ、酷いですっ!」
ハハハ、と笑う柔造さんにぷぃっと私はそっぽを向く。
「すまんすまん。○○、こっち向き?な?」
柔造さんにそう言われても、しばらく違う方を向いていた私だったが、”○○”と優しく名前を呼ばれてチラっと柔造さんの方へ顔を向けると、そっと柔造さんの手が、私の頬を通り、髪をひと房取られて耳に掛けられる。
「○○、こっち向き?」
今度は素直に柔造さんの方を見ると、柔造さんの手には小さな桜の花があり、そっと私の耳に掛けた髪の所へその桜を飾る。
柔造さんの触れた手にドキっとして一瞬瞳を閉じてしまう。
柔造さんの優しい手が私の前髪を分けて、額に軽く口づけを落とす。
その柔らかな感覚に、ドキドキとしながら、私はゆっくり瞳を開けた。
私を真っ直ぐ見つめる柔造さんと目が合う。
「○○、ほんま可愛い………好きやで」
私は顔に熱が行くのを感じながら、少し小さな声で、
「私も…柔造さんが好きです」
と言うと、柔造さんは優しく微笑み、そっと私の頬に手を添えて、口づける。
春の暖かな陽射しと
桜の甘い香に包まれながら
優しく甘い時を、貴方と共に…………
。。
To R.Lion
Thank you for always . I appreciate very much.
ryo hazuki
12/04/19
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