笑顔の唄を
「柔兄おるかっ!」
バタン!と勢いよく執務室の戸を開けてから、戸を叩いて中を伺うのが抜けた事に気付いた。
((あ、やべ…またやってもうた))
ここでいつもなら、柔兄やお父に”ノックくらいしろ!”と怒られるのだが、今日はその怒鳴り声は聞こえずに、”どうぞ”と聞こえた優しい声に俺は少しドキッとする。
執務室の中には眼鏡をかけた女性ただ一人で、勢いよく戸を開けて入って来た俺に、流石に驚いた様だった。
「びっくりしちゃった。金造くん今終わり?遅くまでお疲れ様」
「おん…いや、はい。急にすんませんでした……○○さんも遅くまでお疲れ様です」
驚いたと言って、俺の前でクスっと笑ったのは、××○○さん。
書類の整理に勤しんでいたのだろう、○○さんの机には書類の束が並ぶ。
「あ、柔造さんはもう帰りましたよ?」
「え、ほんまに!?あ…いや、そうなん…ですね…」
○○さんは、最近京都出張所に配属になり、歳は俺と2つしか離れていないのに、上級祓摩師で警邏ニ番隊の隊長になった。俺の上司にあたる人だった。
よく、目上の人には敬語を使えと怒られるから、○○さんにも、敬語を使おうとするのだけれど、慣れてなくて、ついそのまま口に出てしまう。
そんな、俺のぎこちない敬語に、○○さんは気付いてか、
「そんな敬語とか、堅苦しくなくていいのに。歳近いし、金造くんの話やすい方でいいよ?」
クスクスと笑いながらも、そう言ってくれた。
「え!ほんとすか?そやったら、普通に話してもええん!?名前も、○○……でも?」
「いいよ。私は気にしないから好きに呼んでね」
俺は、敬語とか息苦しいくて苦手で、なるべくなら使いたく無かったからよかった。
何か壁を作るみたいだし、……○○、ともっと気軽に話してみたかったからだ。
年上というのもあるのかもしれないが、俺は最初は、○○が苦手だった。
今でこそ普通に話す様になったけれど、○○が京都勤務になったばかりの時は、無表情で口数も少なくて、冷たい人だと思ったし、近寄り難くて苦手だった。
そんな時に、何処からか俺がバンドをしていると聞いたのか、○○にバンドについて聞かれたのだった。
話ているうちに、そこで○○が、バンド好きでライブやフェスも行くという事を聞いたのだった。
俺が今まで持っていた、○○のイメージは無表情、口数少ない、冷たい……という事は全くなく、笑顔で良く喋って、楽しそうに話していて……そこでガラリと印象が変わった。
最近わかった事もあって、○○は共通の話題があれば、楽しそうに話すのだけれど、仕事や他の事に関してはどうも人付き合いが苦手らしい。
それから、音楽が好きだと楽しそうに話す○○が、何だか頭から離れなくなった。
「なんや柔兄帰ったんか…」
「柔造さんに何か用事でも?」
「あ、いやな、たいしたこと無いんやけど……、あ!そや!明日の夜って何かあるか?」
「私?明日は日中は仕事だけど、夜は何も無かったかな…どうかしたの?」
「ほんまか!前言うてたライブあんねん!来んかと思て!!」
”ライブ”ていう単語に○○は敏感に反応して、眼をキラキラとさせて二つ返事で”行く!行くっ!”と言った。
「金造くんのバンドでしょ!行きたいと思ってたのっ!こっち来てから行ってないし、ライブも久々だから、本当!嬉しいっ!!」
先程まで、机に座って落ち着いていた○○が、”ライブ”の一言でテンションが一気に上がって、キラキラと楽しそうに笑う。
このギャップは何だってくらい不思議で俺はアハハと笑ってしまう。
「ほんま面白いやつやな!明日絶対やで!」
「行くよ!好きだしっ!」
「お、おん。じゃあよろしゅうな!」
”好き”って言葉にドキっと勘違いしそうになったが、ライブの事だとすぐわかって何とか平常心を取り戻し、俺は執務室を後にした。
執務室を出て少ししてから”そうや”と忘れていた物を思い出し、俺はバタバタとまた執務室に戻った。
急に戻って来た俺に、○○はまた驚いた様子だった。
○○の前に行き、俺はポケットにしまっていたチケットを出すと、○○の机にバン!と叩き付けて
「俺のかっこいい姿見せたる!よく見とれよ!」
○○にニッて笑ってやると、○○はクスクスと笑う。
俺が叩き付けたチケットをよく見ると、ポケットに入れてたから、ぐちゃぐちゃになってて……
「おわ!すまん、ぐちゃぐちゃなってもうた!」
「ありがとう、これで大丈夫だよ。楽しみにしてるね!」
そんなチケットでも、○○は笑って受け取ってくれた。
○○が笑った顔がまた頭から離れなくて、俺は、何だかライブがますます楽しみになった。
((明日は頑張るでっ!))
++++++
はぁ〜〜と思わず深いため息が出た。
そんな俺にメンバーは”よかったで”と声をかけてくれる。
……ライブは上手くいった。
失敗することもなかったし、来てくれた客とは一緒に凄い盛り上がって、喜んでくれたのだけど……
((○○、来とらんかった……なんやねん!来るて言っとったのに))
会場に、○○の姿が見当たらなかったのだ。
”楽しみにしてる”と言ってたから来ると思っていただけに残念だったのだ。
ライブが始まるまで、俺はいつもと違うワクワク感があって、楽しみにしていたのは俺の方だった。
だからか、ライブが始まって会場を見渡した時に○○の姿が無くて、ガッカリとしたのと、少々腹立たしかった。
((俺、そない○○に来て欲しかったんやな……一人浮かれて馬鹿らしいわ))
少しボーッとして俺一人片付けが遅れて、急いでバンドで使った機材などの片付けを済ませ、メンバーの皆より後にライブハウスから出た。
たまにだけれど、外で出待ちしてくれるやつがいて今回も数人待ってくれて声をかけられる。
俺は、いつもより乗り気じゃなかったけど、見に来てくれたやつらに”ありがとう。またよろしゅうな”って言いにいった。
今度こそ帰ろうと思った時にまた声をかけられて”サイン下さい”なんて引き止められた。
メンバーの皆はさっさと帰ってしまってたから、
「俺だけのでいいんやったら」
て、サインを差し出された紙に書こうとした……
((チケットの裏に、て…めっちゃ、ぐちゃぐちゃやないか……あれ?コレって))
「一応、上司の顔忘れちゃった?金造くん」
サインを求めて来た人をよく見ると、クスクスと笑う○○の姿があった。
「んなっ!……○○!?誰やねん!別人やんかっ!」
サインを書いてと、差し出されたのは俺が○○にあげた、ぐちゃぐちゃになったチケットだった。
その前に、俺の前に居るのは……○○?なんだろうか……
「やて、うそや○○!眼鏡やないし、その髪は!?」
「誰とか酷いぁ。ライブの時はいつもコンタクトだし、髪は…ちょっとね……」
○○はいつも眼鏡をかけて、黒髪のロングなのに、今日の○○は眼鏡無しで、髪も茶髪で短かった。
”変かな?”なんて聞いて、笑う顔はいつも見る○○だった。
「そんな事なくもない」
「え、変って事!?」
「ちゃ……やて、全くわからんかった!……今日…見に来てくれとったん?」
俺は○○が居るなんてわからなかったから、聞くのが少し不安だった。
……○○が見に来てくれたら、ただ……嬉しいと思ったからだ。
「………ゴメンね」
「そ……そうなん」
○○の言葉に、やはりそうだったのか、とガッカリとしてしまう。
「少し、ヘマしちゃってて……それで、途中からになっちゃって……ゴメンね?」
「は?…途中から?」
「ご、ゴメンね!でも途中からだったけどね、本当に楽しかったよ!」
”ほんまか!”って俺は、○○の言葉に一喜一憂してしまう。
途中からでも来てくれていたのが嬉しかった。
「嬉しいわ!よかったやろっ!!」
「もう本当!!格好よかった!!金造!声かけてくれてありがとうっ!久しぶりに楽しかった」
「んなっ!!かっ……!!」
”本当ありがとう!”ってテンションが高い為か、○○に、ぎゅっと抱き着かれた。
一瞬ではあったが、急な○○からのハグに心臓がドクドクとした。
((い、今、金造格好いいって言ったんか!?))
「本当、最初から見たかった〜〜!バンドはやっぱり格好よいね!」
「お、おん!当たり前やっ!俺のバンドやでっ!格好ええにきまっとる!!」
「また来てもいいかな!」
ニコニコと本当に嬉しそうに笑う○○に、声かけてよかったと思った。
俺もそんな○○に笑顔を返す。
今度のライブは最初から見て欲しい。
次は、○○が会場にいるのも探せる気がした。
今日よりももっと、夢主#が、キラキラと楽しそうな、笑顔になる様頑張って唄うから。
「おん!○○!また来てな!」
。。
「金造くん、おはようございます!」
「お、お!?○○!?誰かと思たわ!髪戻っとる!?一日でおかしいやろ!眼鏡も!」
「昨日のは、秘密ね!これウィッグなの…昨日のが本当の髪。眼鏡は目悪いから」
「ほんまビックリするわ…何してそないな事?」
「一応隊長ですから。見た目大事でしょ?真面目系。ということで金造くん、今日もしっかり働く様に!」
「お、はい…わかりました○○、さん……」
「はい、よろしい!今日も頑張ろうね!」
((ほんま○○て面白いなぁ……別に気にせんで、昨日のでもええ思うけどなぁ……まぁええか))
。。
バンド金造と上司でライブ好きのヒロイン。
12/03/21
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