青空に貴方の笑顔を重ねて



その日は、これでもかってくらい凄い晴天だったのを覚えてる。
そんな天気が恨めしいくらいに、私の気持ちはどんよりとして、涙が止まらなかった……
ある事を聞いてしまったから……

”○○聞いたか?柔造さんお見合いするらしいで”

嘘だと思った…私は動揺しながらも、平然を装い…話を聞いていた。
でもその人が言うに、”八百造さんと話していたから間違いない”との事だった。

相手は名家の娘さんで日時も、場所も虎屋旅館と決まっているらしい。

私はショックが大き過ぎて、言葉すら出なかった。ただ、その場に茫然と立ち尽くして居たように思う。


そこからどうやって移動して来たか覚えていないが、今私は外に居た。

出張所の近くに桜並木と小川が流れる場所があり、春には綺麗な桜と土手には可愛らしい花々が咲く。

日に照らされて輝く小川を眺める様に、その土手に腰を下ろしていた。


ここは柔造さんに連れて来て貰った場所だった。


私の想い人…志摩柔造さん。
柔造さんは、京都に来てまだ慣れない私を気にかけて、よく世話をしてくれた。
そんな柔蔵さんの優しさや、温かい心、笑顔に惹かれ、気がついたら私にとって特別な人だった。


((柔造さんがお見合い…))


柔造さんは志摩家の後継ぎになる方だから、名家の娘さんをお嫁に貰うのは当たり前な事……

その柔造さんの隣に知らない人がいて、あの笑顔も優しさもその人に向けられる。
そう考えたら、心が凄く苦しくて、涙が止まらなかった。

勝手に身近に感じて居たけれど、私にとって遠い人なんだと気付いてしまった。


天気の良さをこんなに憎らしいと思った事は無いかもしれない……
涙で霞み見上げた空は、ただ青く、そして遠かっった。


柔造さんの様に……



++++++++



「おはようございます」


朝、出張所に顔を出し、いつもと変わらずに皆さんに挨拶をする。

ただ、いつもと違うのは挨拶を交わした人の言葉。私へ向けられる視線。


それは彼も同じだった。


「○○!どないした!その……髪!」

「柔造さん…おはようございます」


同じ出張所に居るから会わない訳にはいかないし、避けていてもいずれ会う事になる…けれど今は会いたく無かった気がする。

心の底から湧き出る気持ちを抑え、必至に笑顔をつくり、いつもと変わらない挨拶を交わす。


「○○…なんや…失れ「それは柔造さんに会うまで皆さんに散々言われたんで、それ以上何も言わないで下さい!」

急に真面目な顔になって言う柔造さんに、有無を言わさぬ笑顔でキッパリそう告げる。柔造さんは”冗談やのに”と言った。
《失恋》だなんてそんな言葉、想い人である本人から言われたくは無い。


「昨日お休みをいただいて、天気も良かったので気分転換に髪を切ってみただけです。髪を切っただけなのに皆さん大げさです。」

”まぁ…確かにバッサリ切りましたけど。”
そう、私は腰くらいまであった長い髪をバッサリと切り、ショートボブにしてみたのだった。
朝、挨拶を交わした人は皆私の髪をみて驚き、そして“失恋”“失恋”と口を揃えて言ってくるのだ。

確かに間違ってはいないけれど…それでも気分を変えたかったのも、天気が憎らしいくらい良かったのも本当だ。


「朝から凄い言われましたよ。本当、どうして髪を切ると失恋したって言うんですかね。」

「そら女の髪は命、いうからやろな。…しかし、えらい思い切ったんやなぁ」


柔造さんは私の髪をみてそう言う。

《女の髪は命》
長かった髪は、確かに私の柔造さんへの想いが積っていたものだったかもしれない。

”…なんや勿体無いなぁ”
そう言いながら、急に柔造さんの手が私の短い髪に触れ、それだけでドキっとしてしまった。


「○○の綺麗な長い髪、かあいらしかったのになぁ」


どこか寂しそうな顔でそう呟いた。


「っ……!」


そんな綺麗だとか可愛いとか、柔造さんに思って貰えてただけで本当は嬉しいはずなのに……
今の私はその言葉も素直に喜べない。
柔造さんの寂しそうな顔を見てふいに、堪えていたものが溢れて、涙が出てきてしまった。


「ぁ…っっ………」
「…○○?ど、どないした?」


急にほろほろと涙を流す私を見て柔造さんは凄く驚いていた。

ふいに涙が出てくる、まだ柔造さんの事を想う私の心。


「す…すみませんっ…何でもないんですっ!」


こんな姿見られたくなく、ばつが悪くなって私は柔造さんの前から走って逃げ出してしまった。

遠くで柔造さんが私を呼ぶ声が聞こえた気がした……



+++++++++


そして私はまた《ここ》に来てしまった。
柔造さんの話を聞いたあの日、泣いていたこの場所で。

この場所が好きだった。柔造さんとの思い出があるここは私にとっての特別な場所だった。

でも、勝手に想いを募らせて、ちっぽけな想い出に浸ってここを特別な場所だと決め付けるなんて、重い女だなと我ながら思う。

それだけ私にとって柔造さんは特別な人だったんだと思い知らされる。


「…っ。柔造さん……」


名前を口にするだけで胸が締め付けられ、涙は止まらなかった。
子供の様に声を上げて泣きわめいてしまいたかった。


「 ○○ 」


不意に自分の名前を呼ばれ、顔を上げ見上げれば、そこにはあの日見た青い空ではなく、柔造さんがいた。


「やっぱりここにおったんか」

「じゅうぞ…さん、な…んで」
「○○にそな顔さして、ほっとけるわけないやろが」


心配して追って来てくれた優しさに益々涙が出てきた。
泣き顔を見られたくなくて、私は顔をそらす事しか出来なかった。


「…気ぃ障ることなんかしたか?」
「じゅぞうさんは…ひっく…何もしてな…ぃんですっ…私がっ……」
「○○が?」
「私がっ…かっ…てにっ…ひっく」


私を落ち着かせて話しやすい様にか、柔造さんは私の頭を撫でながら、私が途切れ途切れ話すのを聞いてくれていた。

頭を撫でられる度に、もやもやとした気持ちが落ち着いていく気がした。


「○○、まずは泣き止んで、落ち着いてからな?」

「そ…なじゅうぞ…さんがっ…」
((あまりにも優しいから…涙が止まらないのです。私はそんな柔造さんを想ってしまうんです。))


声には出せない私の本音。涙は止まらず溢れ出る。


「あーーーもーーーしゃーないな!!」

ぐっと身体を引き寄せられ、柔造さんの胸に抱きとめられる。

「っっ…!!」

急にぎゅうっと強く抱きしめられ、驚いたと同時に柔造さんに抱きしめられてている事に顔がかぁっと赤くなるのがわかった。
私の背に回る、腕や頬に当たる胸の感覚に、今まで聴いたことが無いくらいのドキドキとした心臓の音がして、
聞こえてしまうのでは…と恥ずかしくなった。


「○○…頼むから泣くなや…」


抱きしめられているから顔は見えないが、距離が近く耳元で柔蔵さんの声が聞こえる。


「…○○に……好きな女に泣かれたら苦しくてしゃぁないわ」
「……ぇ」


聞き間違い…?今、柔造さん何て……


「○○の笑顔が好きなんや…せやから泣くなや…
○○にはずっと笑って傍におって欲しいんや」

「じゅ…ぞう…さん…今なんて」


”せやから”
そう言いながら、柔造さんは抱きしめていた私の身体を離し、向き合う形で私を見る。


”あっ…”
真っ赤な顔をしていた私のが移ったのか、眼が合った時に気づいたのか、柔造さんも恥ずかしそうに少し赤い顔をした気がした。


「せ…せやから……や。○○。
……泣き止んだか?」


あ…、と気づいたら私の涙は止まっていた。驚いたと言うのが大きかったかもしれない。

柔造さんはがしがしと頭をかいて

「と、とりあえず落ちついたんやったら一回戻るで。飛び出して来たからお父に怒られてまう」
「…は…い…すみません」

そういえば、私は朝の挨拶をしていて急に飛び出してきてしまったのだった。時間も随分たってしまっている。
何の連絡も入れてないから、八百造さんに怒られるのが眼に浮かぶ……。


「○○!はよ行くで!」


柔造さんは腰を上げてそう言う
”…それから!”

「○○の短くなった髪も、かあいらしいくて好きやで。…それも似合ぅとる」


私が好きな柔造さんの笑顔でそんな事を言われてしまったら、もう何も言えないじゃないかって思った。


嬉しすぎて何も言えなかったけれど、今度は素直に笑顔になれただろうか。



立ち上がって見上げた空は今日も青く澄んでいた。
憎らしいくらい、遠くに感じていたこの青空が、なんだか前と違って見えた。
どんよりとしてもやもやとした心が晴れて、青空を綺麗だと思えるのは
柔造さんの気持ちに触れられたからだろうか?


短く切った髪は私の気分を変えて、この想いも伝えられる、これから変わっていける。

そんな気がする。



。。


柔造さんが好きすぎる!


2012/01/22


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