その言葉が聞きたくて




「よし、できた!」


部屋中に香る甘い匂い。
私は完成したそれを眺めながら、思い描いてたイメージのものが出来た事に満足していた。
不器用な自分なりに頑張った方ではないかと思う。
まぁ、これを渡す人が喜んでくれなければ本当に自己満足になってしまうのだが。


((喜んでくれるといいな))


昨日急に思い立って、今私はキッチンへと立っていた。
初めての事も多く、試行錯誤を繰り返しながらの為に、随分時間がかかってしまった。
本に書いてある所要時間も遥かに過ぎていて、不器用な私らしいかもしれない。


((今日、どうしても渡したかったから。間に合いそうでよかった))


私の部屋にあるカレンダーには、今日2月5日に印がついてある。

柔造さんの誕生日だ。

今日だと知った時に何かお祝いをしたくなって、お誕生日だし、ケーキなんてどうかと思った。
手作りケーキなんていかにも”気合入れて作ってきました!”
な気もするけれど、物よりも食べ物の方が軽く渡せるんじゃないかと思ったからだ。

ケーキにしようと決めたのはいいのだが、不器用な私には問題が多かった。

本を見ながらいざ、作ってみたのだけれど……
まずスポンジが萎んで上手く焼けず、最初の段階でケーキを断念してしまった。

諦めようとも思ったけれど、どうしても柔造さんに贈りたくて、私にも出来そうなケーキを探す。
違うページを見ていたらタルトケーキが目に留まり、今度はタルトに再チャレンジする事にした。


器用な人だったらきっとすぐに出来たのだろうけれど、私は時間をかけながら何とか完成させる事ができた。


ケーキ用の箱にラッピングは崩れ防止にお洒落なリボンだけ付けて紙袋に入れる。


時計を見たら16時くらい。夕方になってしまったけれどこの時間だったらまだ出張所に柔造さんは居るはず……

タルトケーキをつくっている時に服を汚してしまったので、私は急いで着替えて出張所へむかった。



 +++++



((緊張してきた……))

お休みの日に出張所に来る機会があまりないからかもだけれど、誰かに会って挨拶する度に何とも言えないドキドキとした感じがした。
緊張している一番の原因は、柔造さんに渡して喜んでもらえるかなんだけれど。
すれ違う人に挨拶をしながら目的である柔造さんを探す。

いつも居そうな場所を訪れるもなかなか見当たらず、休憩所かな、と覗いてみたらやっと柔造さんの姿を見つけた。

話しかけようと思ったのだけれど、その隣には八百造さんがおり何か大切な話しをしている様子だった。

私は出るに出れなくなってしまって、壁に隠れてどうしようかと思っていた。


「おーーー!○○!!こんなとこで何しとん?」


金造に声をかけられる。
思わぬ所から声をかけられてしまいビックリしてしまった。


「!!?ちょっ…金造!声でかいっ!しーーーっ!」

「はぁ?なんでや?」


((バカーーー!気づかれる!))

と馬鹿でかい声で話かけて来た金造をうらめしく思った。

案の定、気づかれたわけで……
顔を出さないわけにはいかなくなってしまった。


「お、お疲れ様です……」

「○○?何しとん?今日、たしか休みやなかったか?」


急に訪れたこの状況に心の準備が出来ておらず”そう、なんですけど……”と歯切れの悪い返事をする。
そんな私に柔造さんも不思議な顔をしていた。
正反対に隣に居る金造は何か楽しそうにしてた。それに気づけたらよかったのだが、私は自分の事で精一杯だった。


「柔兄!柔兄!!今日柔兄の誕生日やんか!」


((えええっっ!!))

隣で話しだした金造に思わず勢いよく顔をむけてしまった。
思わず声が出なかっただけまだよかったかもしれない。


「そんで皆から柔兄にて誕生日ケーキ持ってきてん!」

「えーーーーっ!!」


私は思わずハッと我にかえり、”す、すみません…”と急に声を出した事に謝る。
”なんや?今日の○○は変やな”と金造に言われる。


「俺に誕生日ケーキ?」

「おん。柔兄に、て皆いっぱい持ってきてくれたん。そん中代表して俺から!」


そう言ってにぃって金造が笑う。

私は身体から心が抜けてしまったような、何処か自分じゃない何かがそのやり取りを見ているかの様な、感覚になっていた。

けれど、手に握る紙袋の重さと柄の感覚だけはしっかりと感じられた。



”ほら凄いやろ!”と柔造さんに凄く綺麗で美味しそうなケーキを、自分が貰ったかの様に嬉々として見せる金造。


「いっぱいもろたから、俺も食いたくなってん!柔兄ええやろ?お父と○○も一緒にどうや?」

「俺がもろたもんをお前が勝手に決めんなコラ」


ゴツっと金造は柔造さんに叩かれていた。

目の前には、私が作りたくて作れなかった綺麗なケーキ。
私は……ぎゅっと持っていた紙袋の柄を強く握る。


「わ、私はいいです!その、……急に戻らなきゃ行けない用思い出したんで……」


”お、そやったんか”と言う柔造さんに、


半ば無理に笑顔をつくり


「柔造さん、お誕生日おめでとうございます」


”あと、これ…よかったら《皆さんで》食べてください。《もらったもの》なんですけど”
と持っていた紙袋を差し出して、”お疲れ様でした。失礼します”とわりと急ぎめにその場を後にした。




急いでその場を後にした私だったが、帰る道のりの足取りは凄く重たかった。
出張所に来るときはあんなにも楽しい気分で軽やかだったのにな、と思う。

とりあえず言えることは、作戦は失敗に終わった……と。

まず作戦なんてものは何も無いし、渡せた事は渡せた?…から失敗ではないのかもだけれど。
気持ち的に成功したとは言えない。むしろ大失敗な気分だ。


「タルトなんてしなきゃよかった。ケーキだとしても、あんな綺麗なのに勝てるわけないよ…」


綺麗で美味しそうなケーキを思い出し、むしろ、自分が作ったタルトを置いてきてしまった事に急に恥ずかしさが込上げてきた。
どんな変な言い訳になってもよいから、見られる前に取り戻そうと思い、来た道を戻ろうと身体を返した。


出張所に向かえば向かうほどに、自分が置いてきてしまったタルトが恥ずかしくてしかたがなくて次第に足が速くなる。、

あの角を曲がってもうすぐ行けば出張所だ、という所で急いでいた為か私は反対から来る人に気づかずにぶつかりそうになってしまった。



「す、すみません。急いでいて!……あ」

「おん!こっちこそ急いどって!……お」

「「柔造さん。」「○○」」


なんというタイミングの良さだろうか。
正面からぶつかる事がなくてよかったと思っていたら、柔造さんが持っているモノに気づいてしまった。
そこに目線がいったのに気づいたのか柔造さんは”コレな”というコレこそ、私が取りに戻ったタルト入りの紙袋だった。


○○ゴラァァァ!お前コレ俺が誰から誰にかくらいわからんとでも思ったんか!」


お……怒られてしまった。出会い頭に怒られるとは思わなかった。

柔造さんはまた話を続ける。


「なにが《皆さんで》とか《もらったもの》や!どう見ても○○から俺にやろ!」


柔造さんの言ってる事が的確すぎて言葉がでなかった。
手作りで不恰好、という恥ずかしさがあって返してもらおうと思っていたのだけれど……
私は、どこか気づいて貰えた事に嬉しいと思ってしまったのかもしれない。

柔造さんは紙袋の中からごそごそと何かを取り出し、私に見せる。


「○○の字くらいわかるわ!」


【お誕生日おめでとうございます】と書かれたカードを差し出して。

私はそのメッセージカードを入れていた事自体忘れてしまっていた。
変な言い訳をしてでも取り返そうと思っていたのだけれど、言い逃れの出来ないような物的証拠を残してしまっていた私は観念するしかない。


「そ…うなんですけど……あんな美味しそうなケーキの前じゃ、誕生日ケーキとして恥ずかしくて渡せなくて……」


”…綺麗じゃなくて不恰好で…美味しくないかもですし”と柔造さんに言う。


「見た目とかやない!美味しくないなんて決めつけんなや!」


柔造さんは箱をあけ、私がつくったタルトを手に取り出すとそのまま勢いよく食べた。


「じゅ、柔造さん!そんなの食べないでくださいっ!」


急に食べだした柔造さんを私は止める。


「美味いで。○○。ほんま美味い。……やて、これ○○が作ってくれたんやろ?」


私が作ったタルトを、柔造さんは味わうように一口、また一口と食べていく。


「○○が作ってくれたもんが一番美味いにきまっとるやろ。他のやない、これが俺の誕生日ケーキや。ありがとうな!嬉しいわ!」


私が柔造さんに一番言って欲しかった言葉。

《美味しい》って……その言葉が聞きたくて。


失敗しながらも今日一日頑張って作ったタルトを食べながら。柔造さんは笑いかけてくれる。

けして綺麗なものではなく、不恰好なタルトだったのに、柔造さんが自分の誕生日ケーキだと言ってくれた。
それは柔造さんの優しさかもしれないけれど、私は十分すぎるほど嬉しくて仕方がなかった。
嬉しいはずなのに、私は涙がでてしまった。


「じゅ、ぞうさん…ごめんなさい。綺麗なケーキつくれなく・・・てっっ」

「なんで○○が泣くんや!感動して泣くのは俺ん方やろ?」


急に泣き出した私に驚いていたが、”ホラ。美味いで”と柔造さんが食べ掛けのタルトを私に食べさせてくれた。

少し苦いけれど、甘いタルトが口に広がり、私はまた甘い香りに包まれるのだった。



「お誕生日おめでとうございます」



泣き笑いでの笑顔で、《おめでとう》と《誕生日ケーキ》を貴方に。




。。



「しもた…写真とるの忘れた…○○の作ってくれた俺の誕生日ケーキやのに……」
「撮らなくていいです!」
「半分になってしもたし…せやなぁ。タルトまた作ってや!」
「……今度は…もっと綺麗なの作れるように頑張ります。」

。。




誕生日ケーキ話。
スポンジとか作れる気がしないからタルトだったよ!
好きな人の為に不器用なりに頑張るのがいいんです!お祝いの気持ちって大切!

おめでとう!



2012/02/05





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