気が付くと美少女になっていた。


人間心底驚くと声も出ないのだな、としばらくぼーっとする。が、改めて大変なことだと気が付いた私は無い頭をフル回転させ、味噌っかすみたいな知識を総動員させた。これは別に私の頭がおかしくなったとか、眼鏡の調子が悪くなったとかそういうのではない。本当に言葉のとおり、美少女になっていたのである。
全身鏡に写る唖然とした表情の私とにらみ合って、ここ数分で起きたことを頭の中で整理してみた。

まず私は、友人と休日に遊ぶ約束をしていた。そしてのんびり朝ごはんを食べた後、さっとメイクをして、髪を整えるべく鏡の前に立った。ここまでは何らいつもと変わらない、いつもどおりの出来事だ。何も不思議ではない。

問題はここからだ。

ふと鏡を見ると、知らない女の子が私を見つめていたのだ。は?と彼女をつい凝視すると、向かいの彼女も何を思ってか私を凝視してきた。なんだこの子失礼だな、てかなんで私の部屋に知らない子がいるの?と軽くパニックに陥っていた私は、しばらく彼女と見つめ合って気が付いた。

私が見ているのは鏡だと。
…それじゃあこの子は誰。…私?

でも、私の記憶と視力が正常だったならば、おそらく鏡に写っているのは私ではない。私はもっとこう、こんなに美少女じゃなくて…、そう、言ってしまえば普通の顔をしていた。でも私が変なポーズをとってみれば美少女も同じポーズをとるだけで、やはりこの美少女は私なんだと再確認する。何故。どうして。何が起きた。

美少女はよく見ると私がもっとこうだったらいいのに、と望んでも得られなかった、所謂私の願望がそのまま形になった顔をしていた。私っぽさは残っている、美少女。なんて羨ましいんだろう、と私の顔なのにどこか他人に乗り移っている気さえした。

そしてただただ混乱する私にまたもや奇怪な現象が起きた。ひどい頭痛が私を襲ったのだ。頭がくらくらして、下手をしたら吐きそうだ。わけのわからない私を余所に、頭痛は容赦なく私を混乱に陥れる。
なんだ、これ。なにかが私の中に入ってくる。しばらくうずくまって、それが治まるのを必死に待った。


頭痛が治まると、自分があり得ない状況に身を置いていることがわかった。

結論から言おう。私はなんらかの理由でトリップしてしまったらしい。しかも、以前の私が愛してやまなかったテニスの王子様の世界に。
何故わかったかというと、それは今流れ込んできたこちらの世界の私の15年分の記憶が私に流れ込んできたからである。そしてこちらの私が立海を受験し、今年から三年生だということまでわかってしまった。

それなんてエロゲ…じゃなくてなんて夢小説?
ぶっちゃけると以前の私は所謂隠れオタクというやつで、リア充達に紛れ込みながら必死で自分が腐女子で夢好きで男性向けの作品なんかも好んで見るような中身ただの変なオッサンだということを隠して生きてきた。ツイッターでは好きなキャラクターをいかにいじめて泣かせるかに華を咲かせるような残念なやつだったのだ。
その中でもテニスの王子様、通称テニプリには相当入れ込んでいて、グッズにこそ手は出さなかったが(ばれるし)、薄い本が手に入るイベントには必ず参加していたし、ミュージカルにも入れ込んでいた。そんな私がトリップして喜ばない訳がない。しかも大好きな立海である。前々から立海のテニスコートになりたい、なんなら空気にでも、と思っていた私は正直今興奮しすぎていて手汗がやばい。

が、しかし、だからといって私はそこまで暢気にしていられる程阿呆でもない。私がここにいる、ということは以前の私は一体どうなってしまったのだろう?突然すぎて、自分がどういう経緯でこんなことになったのか全くわからない。普通トリップといったら神様とかなんか、そういうのがいるんじゃないのか。何故か美少女という補正はついているのに。もしかして他にもあるのではと思ったが、まあ今はさほど重要なことではない。

重要なのはここからだ。仮に向こうの私が死んでこちらの世界にきたとしよう。そうしたら、いや、もう、死んでも死にきれない気持ちでいっぱいになる。何故なら向こうの私の部屋にはお宝という名の薄い本やエロゲやらがわんさか隠してあるのだ。私が死んで部屋でも捜索されてみろ。死ぬ。羞恥で死ねる。そんなの耐えられない。出来ればこの説でないと願いたい。

では一時的に私が行方不明のような神隠しにあっているのだったら?これもまず間違いなく部屋は荒らされるだろう…。だとすれば私がすることはただひとつ、さっさと元いたところに戻ることだ。

確かにテニプリのキャラクターを生で見られるのはこの上なくおいしいが、私の聖域を荒らされるくらいなら未練はない。別に私は彼らといちゃいちゃしたいワケではないのだ。萌えたいだけ。それなら紙面上だけで充分だ。いやネットもだけど。

とにかく、私がしなくてはならないのは、後者の説を信じてさっさとキモオタな私に戻ることなのだ。


…だけど、どうやって。

結局ここに行き着くのはわかっていたが、どうしても簡単に元いた場所へ戻れないなんて理解したくなかった。
しばらく鏡とにらめっこして、叩いたりジャンプしてみたり、こちらに来たときのように髪を整えたりしてみたが、もちろん返ってくるのは静寂だけで。

すっかり辺りが暗くなりカーテンを閉めてから、ようやく私はもうどうしようもないのだという事実と向き合った。
なんで、どうして。何故私は最愛の家族と切り離されて、ついでに生き甲斐まで奪われてまでこんなところにいるんだろう。こちらの私の記憶によればどうも両親は他界していて、親族の方の補助と遺産でこのマンションに暮らしているらしい。だからそれなんて夢小説。
もう突っ込むのも馬鹿らしくなって、私は自分の部屋らしき場所へ行きベッドにうずくまった。私の匂いがしたのがなんだか奇妙だったが、慣れているせいもあったのかあっさり受け入れることができた。そして私は一晩中、ひたすら泣き続けた。どうにかして帰りたい。家族に会って、今日約束を破ってしまった友人にも謝りたい。

起きたら夢だったなんてオチでありますように、と涙で熱くなった目を閉じて、体を繭のように縮めてから深い眠りにつくのだった。


(美少女になりました)
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