志摩くんと出会ってから数日が経った。今日は久しぶりに朝のシフトに入る。
飛ぶように売れるおにぎりやパン、コーヒー等を売り捌きながら時折唐揚げやフライドポテトを揚げる。
やっと少し落ち着いた為おにぎりやパンの整理を行なっていると、制服姿で店に入って来た志摩くんに声を掛けられた。

「名前ちゃーん」

「こんな忙しい時間にわざわざ押し掛けて来るなんて嫌がらせですか?嫌がらせですね?」

「髪の毛くるんくるんや。かいらしいわぁ」

ポニーテールに結んだ後にスタイリングした巻き髪は、整えたばかりなのでくるんと綺麗に巻かれている。其れを見て志摩くんがへにゃりと相好を崩した。
其れをやんわりと流して作業を続けていると後ろから「志摩、」と低い男性の声が響く。

「あー、坊!」

「…あの時に言ってた人?」

「そうですー。坊、この人名字名前さん。俺の嫁!」

「違います。初めまして、名字です」

「勝呂竜士です。勝呂て呼んで下さい。こっちは三輪子猫丸言います」

「は、初めまして」

「礼儀正しいね。志摩くんの保護者みたい」

志摩くんの理不尽過ぎる紹介を一刀両断して頭を下げる。志摩くんと同じ制服に身を包む男の子二人、勝呂くんと三輪くんを見遣る。
あまりにも志摩くんとつるんでる人とは思えなくて少し感動した。坊に恋したらあかんで!と目を吊り上げる志摩くんを、遅刻するからと頭を下げた勝呂くんが引っ張って店を出て行ってしまった。


夜。仕事を終えても何となく家に帰りたい気分ではなくて近くにある深夜営業の本屋"モモ"に入る。この本屋はレジの側にカウンター席が有り、この店で買ったり、持ち込んだ本を読む事が出来る。
モモで小説を一冊購入して軽く頭を下げると同じく頭を下げられた。モモはバイトもアシスタントも居らず私と同い年の少女が一人で切り盛りしている。

「こんばんは。カウンター席借りていってもいいですか?」

「こんばんは。ごゆっくりどうぞ」

切り揃えられた黒髪をふわりと揺らして僅かに目元を細めて彼女は返した。常連なのに律義な方ですね、と小さく呟かれたが聞こえない振りをして小説を開く。今日購入した小説は有名な作家のサスペンス小説だ。シリーズ物でありながら全く飽きさせない目まぐるしい展開、複雑に絡み合う人間模様に読者を小説の世界に一気に引き込む表現力にすっかり虜になってしまっていた。
十分程読んだ頃だろうか、唐突に肩をぽんと叩かれ両目を覆われた。真っ黒になった視界に驚きのあまり声も出ず、緩やかに首を傾けると上からのFカップたまらへん、と独特の口調が聞こえてきたので無造作に目を覆っていた手を払った。

「あー、名前ちゃん酷いー」

「次読書中に邪魔したらお店出禁だから」

「何読んどるん?」

「"女王蜂"。志摩くんは何で此処に?」

「坊の付き合い。欲しい本が有る言うて」

くい、と親指で差された先にはカバーが掛けられた小説を挟んで一言、二言会話を交わす勝呂くんと本屋の店主の姿があった。
不意に志摩くんに手首を掴まれ、上へ引き上げられて私はその場に立ち上がる。カウンターの下の棚にあったバッグを取り上げられ送ると笑顔で言われ慌てて首を横に振る。

「え、要らない。正十字学園て全寮制でしょ?遅くなったら困るでしょ」

「夜は色々あかんねん。俺名前ちゃんのFカップが危険に晒されるん嫌やし。ぼーん、俺名前ちゃん送ってきます」

「お、おん。名字さん、気ィ付けて下さい」

志摩くんが勝呂くんに声を掛けるとやけにおどおどした態度をされた。朝見たしゃっきりした彼とは全く違う。そんな彼ににやにやと笑みを浮かべながら志摩くんは右手に私の手首を、左手に私のバッグを持って本屋を出た。私の家がある方へと歩いて帰りながら志摩くんが私の足元に目を向けた。

「今日はチノパンなんやね」

「"高貴なる御御足"が足出してなくて幻滅した?」

「んー…ナマの御御足見れんで残念やけど、名前ちゃんが普通の生活する為の努力の一つならしゃーないかなって思う」

ふぅん、と素っ気ない返事をしたものの実はちょっと嬉しかったりする。私がモデルをやっているのを知っていて付き合っていたのは一人だけだったが、スカートを好まない私に雑誌でも着てるなら履けと無理矢理強要してくる奴だった。
あれからあまり男性と関わりを持たないようにしてきたせいか、五つも年下の子に気持ちを汲まれただけで少し胸が高鳴ってしまう。

「志摩くん、メアド交換しようか」

「どえええ!?」

「煩い、近所迷惑。やっぱり辞める」

「すみませんメアド交換して下さいお願いします」

「じゃあバッグ返して、あと手も離して」

そんなにメアドが欲しかったのか、足を止めて土下座する勢いで頭を下げられくすりと笑みを浮かべバッグを返して貰う。私の手首を掴んでいた自分の手を見つめて頬を染める志摩くんに疑問を抱きつつ携帯を開き、赤外線で連絡先を交換した。

「ふぉぉおお!」

「死んでもくるみなんて登録しないでね」

「嫁フォルダ作るわ」

「……」

「そんな蔑みの目で見んといて!」

バッグに本屋からずっと持っていた小説を入れて肩に掛け歩き出すと半泣きになりながら律義に後をついてくる。やがて私の住むマンションに着くとやたらと興奮していたので肩に軽くチョップして黙らせる。

「送ってくれて有難う。あと、私明日から雑誌の方のお仕事だからコンビニ行っても無駄だからね」

「お、おん。あんま夜中に彷徨いたらあかんですよ」

一方的とは言え送ってくれた事に礼を言いつつ仕事について伝える。何処か寂しそうに眉を下げながら頷いた志摩くんにおやすみと手を振ってマンションに入ろうとすると、後ろから上擦った声で名前を呼ばれる。振り返ると志摩くんが真剣な表情なのに真っ赤な顔をして私を真っ直ぐ見つめていた。

「や、休みの日にどっか行きませんか?」

「いいよ」

「ですよねー。やっぱそんなん良い訳……えっ!ええのん!?」

「来週の土曜ならコンビニも雑誌のも休みだよ」

其れでもいい?と首を傾けるとぶんぶんと頭を縦に振られた。行きたい所考えといて下さい、と言われて志摩くんは顔を覆って乙女の様に一目散に走り去ってしまった。

「学生と行ける場所…。遊園地しか思いつかない」

マンションの階段を上がりながら携帯を取り出す。先程登録したばかりのアドレスを呼び出してメールを打ち込んで行く。送信を終えて鍵を開けて部屋に入ると、続いて携帯を操作して私の所属する事務所の人に電話を掛ける。

「もしもし?くるみですー。あの、この前お話下さった遊園地のチケットの件なんですけど…」

私が言う事でも無いが、女とは自分の利益に繋がるものに関しては狡猾で利口な生き物なのだ。

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