カツカツとミュールを鳴らして夜の町を駆け抜ける。揺れる胸もアンクルストラップも無いミュールも走りにくくお世辞にも速いと言えないが必死に足を動かす。
最近全く運動をしていなかったせいで直ぐに息が弾むが、後ろから時折掛かる「待ってや」とか「名前ちゃん!」の声に立ち止まっていけないと走り続ける。

どんな道を通って来たのは全く覚えていないけど、やっとの思いで私のマンションに帰って来た。鞄から鍵を取り出しながら部屋がある階まで階段を駆け上がって行くと、すぐ下から一段飛ばしで階段を上がって来る志摩くんが見えた。
慌てて部屋の鍵を開けてドアを開けて中へと足を踏み入れようとした瞬間を後ろから熱を孕んだ手が私の腕を捕らえた。

「ひゃ…っ!」

同時に体当たりするように身体が押され部屋の中に連れ込まれる。前のめりになって倒れそうになる所を腹に回された腕で留められ何とか床にダイブは免れた。
暫く二人の息遣いだけが部屋の中にこだまする。志摩くんの荒い呼気が私の首筋に当たって擽ったい。ぶるりと小さく震えると名前ちゃん、と掠れた声で私の名前を呼ばれた。

「何で逃げたん?今日は俺の誕生日なんに…酷いわぁ」

「ッ…ご、ごめん…ちょっと、色々あって…」

ぎゅう、と抱き締める力が強くなり苦しくなって折り曲げていた腰を伸ばし志摩くんの胸元に寄り掛かる。
顔にかかった髪を耳に掛けると志摩くんが私の肩に頭を擦り寄せて来る。

「色々…って、何なん?」

「…半年前に別れた元彼に会って…話したの。そうしたら、何か…私って我が儘な女だったって…気付いて…」

我が儘?と首を傾ける志摩くんにくるりと身体を反転させて志摩くんと向かい合う。ぎゅうとTシャツの胸元を掴み目線を落とす。

「私、自分の事ばっかり考えてて…彼の気持ちを全然分かってなかった。…我が儘だし自己中…こんなんじゃ、きっと迷惑掛けちゃうし釣り合わないなって思って…」

「迷惑?…誰に掛けるんですか」

「そんなの志摩くんに決まって…!……あ」

うっかり漏らしてしまった私の失言で、二人の間に気まずい沈黙が流れる。ちゃんと覚悟が決まってから言おうと思ってたのに…完全にタイミングを間違えてしまった。

「あ、あの!ごめんね志摩くんそういうわけじゃなくて…」

「…れ、は…」

慌てて掴んでいたシャツを離して手を左右に揺らして必死に弁解してみる。志摩くんは小さな声で何か呟くも私には聞こえず、首を傾けると徐ろに背中に回っていた腕が更に強まり私の顔は志摩くんの胸元に埋まる。ファンデーションがTシャツに付いてしまうからと離れようとするも話聞いて下さい、と志摩くんに耳元で囁かれてぴくりと反射的に身体が震える。素直に言う通り身体の力を抜いて志摩くんの胸元で小さく息を吸う。
鼻孔を満たすのは汗と志摩くんの甘い香水の匂い。

「名前ちゃんと出会ってもう三ヶ月位経ちますけど、その間に俺は名前ちゃんを自己チューとか我が儘やって思った事は無いです」

「……」

「それでも自己チューとか我が儘や言うんならとことん付き合いますよ。俺の出来る範囲内でなら聞きます」

「……あのね、志摩くん。お願いがあるの…聞いてくれる?」

ふるふると震える喉から声を絞り出してTシャツの裾を摘まむ。最低な私でも良いと言ってくれる優しさに涙が止まらなくて志摩くんのTシャツは胸元だけぐっしょりと濡れていた。すん、と鼻を啜って問えば上から少し笑った後におん、と優しい声が返って来たので少し身体を離して志摩くんを見上げた。

「……私、恋人に対して他人行儀な呼び方っていうのはどうかなって思うの。これからは廉造って呼んでもいい?」

「……くくっ。ほんま名前ちゃんは素直やないなぁ」

"お願い"を口にすると志摩くんは小さく吹き出した。くっくっと喉を鳴らして笑った後、喜んでと微笑んでぎゅうと抱き締めてくれたので私も背中に腕を回して応えた。かくして私達は三ヶ月の付き合いを経て、晴れて交際をする事になった。

「あー…これは本格的に嫁フォルダ作らななぁ」

「寧ろ廉造が嫁になりなよ」

「ぞぇえ!?」

壁に向かってビシッと突っ込みを入れるものの勢いが良すぎて壁に突き指をして悶絶する廉造に冷たい視線を送る。暫くの間、関係性にあまり進展はなさそうだ。

……あ、紙袋…。

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テーマ「人外ファンタジー」
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