ずぶ濡れのスーツの男とあまり濡れていない私服の女が並んで歩く姿は自分から見ても酷く滑稽だ。
私が元彼と再会を果たしてから直ぐに雨は上がり、空は青々と晴れ渡っているのだが私達の気まずい雰囲気は晴れない。
此処であったのも何かの縁だしと食事に誘われたので適当な理由を付けて断ると、何処か遠くを見るような目で私を見つめられた。
其れでも少しだけ話かしたいと食い下がってくる彼に渋々従い、町を出て近くの高台にやってきた。
雨宿りに大分時間を食った為、高かった陽は既に私の目線まで下がり、ゆっくりと水平線に向かって沈んで行く。燃えるような空を眺めながら彼が口を開いた。

「俺達、また上手くやっていけると思うんだ」

「私はそうは思わない」

頭の中でかつての恋人と今の想い人を並べてみる。
年上で収入も良くてクールなイケメンとして評判が高い彼の恋人として付き合っていた時より、年下で変な塾に通っていて女好きなむっつりエロの志摩くんと一緒に居る時が何倍も満たされている。
顔や学歴、収入が良くても望んでいるものを与えられなければ幸せとは言えなかった。身体を重ねる事ばかりに固執して私の気持ちを考えない元彼は幸せを与える所か幸せを望む事すら許してくれなかった。
きっぱりと言い切ると彼はお前は何も分かってないと首を振り、ぽつりぽつりと半年前の話を始めた。

「別れようって言われた日、お前にプロポーズしようと思ってて…指輪も用意してたんだ」

「…え?」

「タイミング悪いだろ?柄にもなくヘコんでて…まだお前に未練あるんだよ。今日お前に会って少しは望みあるかなって思って言ってみたけど…」

望み無しみたいだな、と彼は諦めたように笑って膝で小突かれた志摩くんへのプレゼントが入った紙袋が大きく揺れて私の足に当たる。彼からの思わぬ言葉に目を瞬かせている私に彼は照れ臭そうに笑った。

「お前、もっと自信持てよ。何せこの俺がプロポーズしようとした女だからな」



ぐっしょりと濡れた背中を向けて去って行く彼を黙って見ている事しか出来なかった。陽は沈み夕焼けの空は眠りに就いたように色を黒く塗り潰していく。
照れ臭さ故に自分の気持ちを表に出せず、私が不満を抱いていた事に気付かなかった彼。
悲劇のヒロインぶって自分の理想の恋愛を追い求めるあまり彼の気持ちを汲もうとしなかった私。
どちらかが素直になっていれば、今頃こんな形で再会する事は無かったのかもしれない。終わった恋だと分かっていても、二人を分かつ分岐点を作ったのは私だと考えると自己嫌悪に陥ってしまう。


下を向けば涙が零れてしまいそうになるのを耐える為に藍から紺、そして黒へと変わって行く空を眺めながら私は唇を噛み締めた。
バッグから携帯を取り出すと時刻は夜八時を回りそろそろ塾の授業も終わり志摩くんの誕生日パーティーが行われている頃だろう。
…志摩くんの事が好きな筈なのに、頭の中は元彼への悔恨の念で一杯で何故か彼を裏切ってしまったような、そんな罪悪感を感じて眉に皺を寄せる。どうして彼の気持ちに気付けなかったんだろう、そんな気持ちばかりが頭を支配していた。
いつも悲しい事があったりヘコんだりしたら無性に志摩くんに会いたくなるのに、今日は顔すら見たくないと考えてしまう。

すっかり意気消沈してトボトボと歩いていると鞄の中の携帯がぶるぶると震えてメールの着信を伝える。嫌な予感をひしひしと感じつつ開いてみればやはり受信メールの名前は志摩くんだった。
『そんな所で何しとんの?』と書かれた本文の意味が分からなくて首を傾けていると、頭上からひゅ、と宙を切る音と共に何かが私の目の前に降り立った。

「名前ちゃん、ビックリした?志摩くんですえー」

段段畑のように上へ向かってピラミッド状になっている学園は少し体力がある人なら段差を乗り越えれば一気に登ったり下ったり出来る。志摩くんもまた身軽に段差を乗り換えて私の前へと降り立った。

「わ、わ、わ…!」

「?」

会いたくなかった志摩くんがまさか自分から来るとは思わなくて、今にも口から心臓が出るんじゃないかという位胸が大きく鼓動している。様子のおかしい私に志摩くんはいつも肩から提げている鞄の他に塾や学校の子から貰ったであろうプレゼントが入った紙袋を持って首を傾ける。
元彼の事で頭が一杯だったのにするりと入り込んで来た志摩くんに私の頭のキャパシティーはあっという間にパンクし混乱に陥る。動揺のあまり心配そうに私の名前を呼んだ彼を振り払うように身体を翻し志摩くんから、元彼への申し訳無い気持ちから、そして現実から逃げるように家に向かって走り出した。

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