私か志摩くんについて知っている事を挙げよう。
垂れ目で髪の毛も思考もピンク色。三度の飯より女の子、メールの絵文字は女の子より扱いに長けている事。同年代の女の子よりも少し上のお姉様に可愛がってもらえそうな忠犬タイプ。ツンデレのデレくらいに貴重な男前の一面は私が風邪を引いた時以来鳴りを潜め、エロ本が好きなくせに実物を目の前にすると固まってしまう…そんな可愛い童貞くんだという事。
…そしてその志摩くんの誕生日が明日だという事も知っている。


「……ほんで、俺をとっ捕まえてきたんですか」

「うん。勝呂くんは志摩くんと付き合い長いから欲しい物とか知ってるかなあと思って」

先日行き付けのカウンター席付き本屋に一人で来ていた勝呂くんと鉢合わせて、丁度良いとばかりに拉致らせてもらった。
マリーゴールドが植えられた花壇に並んで腰掛けながら最近の悩みを吐露すると盛大に溜め息を吐かれた。

「聞くの遅すぎやと思いますけど…」

「で、ですよねー…」

明日は店長に我が儘を聞いてもらい休みにしてもらった。そわそわしている私に何となく感付いているらしい店長は充実した一日になればいいね、と言ってくれた。
塾が終わった後塾生で細やかなお祝いパーティーを開く事になっていると聞くと私は何もしなくてもいいんじゃないかと考えが後ろ向きになってしまう。
そう言うと勝呂くんは静かに首を横に振った。

「そんな事あらへん。志摩は名字さんに祝って欲しい思てますよ」



重い足取りで学園町の町中を黒のキャミソールにショートパンツ、網タイツを履いて歩き回る。雑貨屋やブランドショップを見て行くもなかなかしっくりくるプレゼントは見つからない。それもそう、私は志摩くんの上辺ばかりを知っているだけで女の子以外の好き・嫌いや好きなブランド等については全く知らないのだ。

「ケーキは…要らないよね」

塾の子がお祝いしてくれると言っていたし、きっと皆でお金を出し合ってケーキを用意してるんだろうなぁ。高校の時に友達と小さなケーキを囲んで笑い合った誕生日パーティーを思い返すと懐かしさに口元に笑みが浮かぶ。あの頃は本当に楽しかったなぁ。

思えば二十年間生きていて出来た彼氏は一人だけ。浮気をしたり暴力を奮われたりはしなかったけど、常に私の事を見下していた。
セフレに近い扱いに耐えきれなくて別れを切り出したのは私で、彼は凄く驚いていた。自分が捨てられるなんて思いもよらなかったらしい、つくづく自意識過剰な男だと思う。

半年程前の話にも関わらず遠い昔のように思える、そんな過去の話を思い出しながら志摩くんの私物を頭の中に並べていく。…ふととある日に私のバイトが終わるのを待っている志摩くんの後ろ姿が脳裏に浮かび上がる。ベンチに座りながら背中を丸めて彼を何をしていったけ。そうだ、アレなら彼にぴったりでは無いだろうか。
面白いくらいにぽんと浮かんで来たプレゼントに私も相当彼に入れ込んでるなと考えてから、私の隣に居る事が日常になりつつある志摩くんの脱力した笑顔を思い浮かべて口元を緩ませた。

綺麗に包んで貰ったプレゼントを納めた紙袋を持ってショップから出ると携帯にメールが入っているのに気付いた。開いてみれば今しがた考えていた彼からのメールだった。『今日休みやろ?名前ちゃんもたまには塾に遊びに来てくれへんかなと可愛い可愛い志摩くんは思てますよー』…然り気無く誕生日パーティーへの参加を促されているのが嫌でも分かる。
『はいはい志摩くん可愛いねー。この後の塾も一生懸命励みたまえ』と適当にあしらって返事を送ると送信完了と浮かび上がった画面にぽたりと上から何かが落ちて来た。

「う、わ…最悪…っ」

ぱらぱらと夕立が降って来て嫌でも熱を出した時の事を思い出してしまい頬が赤くなる。もう二度と風邪は引くまいと固く誓ったので、本降りになる前に近くのカフェの軒下へと避難する。
平日の午後三時、学生の姿は殆ど無く行き交うのは一足早く夕飯の買い物に来たり幼稚園や保育園の子供を迎えに行く母親だったり、営業から戻るサラリーマンだったりと様々だ。徐々に雨が音を立てて地面に叩きつけてくると、各々折り畳み傘を差したり通勤鞄を雨避けに使って走り去ったりと反応もまた様々だ。この軒下にも濡れ鼠になるよりはマシと大分人が集まって来た。
夜になる前には帰りたいな、コンビニまで走って傘とタオルでも買おうかな。そう考えていると雨の中スーツを濡らしながら屋根の下へと入って来た男性が私の隣に立つ。

「うっわ…最悪。…夕立とかマジねぇわ…」

「えっ」

鞄からハンカチを取り出して顔を拭いながら呟いた男性の声に聞き覚えが有って思わず声を上げて隣を見上げてしまう。私の声が聞こえたらしく男性も怪訝そうに眉を寄せながら此方を見て――その目を見開かせた。

「……名前?」

「…あ、…あはは…久し、ぶり」

ぽつりと呟かれた私の名前にああやってしまったと心の中で舌打ちをする。夕立が降る前に戻りたい!そう願っても時が戻るわけも無く、私は乾いた笑いを浮かべて月並みな言葉を返す事しか出来無かった。偶然私の隣に入って来た濡れ鼠は、半年前に別れた元彼だった。

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