「多摩川?」

バイト終わり。コンビニのフライドチキンを志摩くんと二人で分け合って食べ進めていく。指についた脂を舐めとればやらしいと野次られたので無言で腰を軽く殴った。いつものように私の家へと送ってもらう道中、彼がぼそりと漏らした言葉に首を傾けた。
こんなに面倒くさがりな女好きでも私立高校や塾に通っているのだ、世の中というのは本当に分からない。

「おん、一緒に行かへん?」

「行かないよ。塾の授業の一環なんでしょう?…こう、救命救急の訓練みたいな」

「せやけど、折角学園から離れるんやし名前ちゃんと遊びたいー」

今時の塾には授業で外へと出る事もあるのかあ。志摩くんの通う塾は変わった塾なのだろう、其れにしても外に出て何を学ぶのだろう。兎に角、塾の授業に私が同行する理由が理解出来ずに駄々を捏ねる志摩くんを適当に流していた。
そしてその週の土曜日。私は何故か多摩川に居た。

「な、何故多摩川…」

昨日雑誌の撮影スタッフからメールが届いて、明日正十字学園駅に七時集合とだけ書かれていたからその指示に従っただけだ。
駅で今日はハウススタジオを借りて"禁断の花園"をテーマに皆で水着撮影をする話をされた。電車に乗せられ乗り換えもさせられ、あれよあれよという間に降り立ったのは多摩川、だった。
雑誌では同じの前下がりの黒髪ウィッグに黒いカラコンを付け、水着の支給を待ちながらハウススタジオのダークブラウンのソファに座ってぼやくと、二階から降りて来たモデルに声を掛けられた。

「どったの、くるみちゃん?」

「まほらちゃん」

雑誌"エロ大王"お抱えモデルのまほらちゃんはふわゆるに巻いた金髪を隠す事無く堂々とエロ本モデルを公言している、私とは正反対のタイプの人間だ。派手な見た目とは裏腹にさっぱりした性格でスタッフや他のモデルからも好かれている。

「くるみちゃんにもとうとう春到来!?」

「…やっぱり分かる?駄目だなぁ…直ぐ顔に出るの、私の悪い癖だね」

「だって休憩中も撮影終わった後もしょっちゅう携帯覗いてたし!えー、もう付き合ってるの?彼氏くん連れて来てよー」

「まだ蕾だよ、両片想いって感じ。其れにこの雑誌の愛読者だから、連れて来たら卒倒しちゃうかも」

「前のは大分酷かったじゃん。アイツよかはマシなんでしょ?」

「なんと年下。高一だって」

志摩くんの歳を告げると流石学生コスプレ!と腹を抱えて笑うまほらちゃんに私もつられて笑ってしまう。
携帯を取り出したまほらちゃんがブログ用のツーショット撮らせて、とウインクしてきたのでこくりと頷き、出来るだけ無表情を装いながらフープピアスをしたまほらちゃんの耳に舌を這わせた。
ぱしゃりとシャッター音が響き顔を離すとカメラ目線のまほらちゃんの隣には耳を舐める伏せ目がちのくるみが居た。
"禁断の花園"というテーマのもと、六人のモデル達が造花が敷き詰められた床に転がって各々ポーズをとる。私もスクール水着を着て他の五人の中に混じってきつい胸元を強調したり、四つん這いになって臀部を突き出したりする。
表紙になる写真を撮り終え続いて個人の撮影に入る。呼ばれるまで二階や中庭、スタジオの周りの探索をして自分のポーズやシチュエーション等を膨らませるとソファに座り志摩くんにメールを打った。メールを送信して直ぐ電話が来たので通話ボタンを押すとやけに疲弊した志摩くんの声が聞こえてきた。

「アカン…俺もう往生する…」

「今お昼休憩?お疲れ様」

「名前ちゃんは?」

「雑誌撮影の待機中。お昼は撮影終わるまで無理かな」

ソファに寄り掛かって会話をしていると、ふと窓の外からゴルフ場が見えた。ちらほらと人が居て時折宙高くボールが上がって行くのが見えた。多摩川沿いだし、塾が終わった後呼び出せるかな。

「ねぇ志摩くん。今日の塾の授業、現地解散だったりする?」

「おん、せやけど。其れがどーかしました?」

「多摩川沿いにゴルフ場があるの。そっちからは見えるかな」

「あー…よお分からないです。えっ、其処がどないしたん?」

「解散次第其処に集合。もれなくいい事があります」

丁度撮影の順番が回って来た旨を階下から伝える声も聞こえたので、終わったらメールちょうだいとだけ言って無理矢理通話を終わらせた。多摩川で頑張る志摩くんに細やかなご褒美を捧げる為にも早く撮影を終わらせようと改めて気合いを入れ直した。



午後二時を少し過ぎた位に今日の撮影は全て終了し、やっとスクール水着のきつい締め付けから解放される。谷間にうっすらと浮いた汗や全身をシャワーシートで拭いてウィッグとカラコンを取りいつもの茶髪に戻る。
マキシ型のキャミソールワンピースに粗い目の白いカーディガンを羽織ると、二階の窓からゴルフ場を見下ろす。するとゴルフ場の前に制服に身を包んだ志摩くんがきょろきょろと辺りを見渡していた。そんな彼にゴルフ場の建物の中にある自販機で飲み物を買うよう指示したメールを送信し、ワゴンタクシーに乗って正十字学園へと帰るモデルやスタッフ達の誘いを断ってハウススタジオから隣にあるゴルフ場へと向かった。

外から中を見てみると自動販売機で買った炭酸飲料を喉に流し込む志摩くんが居た。浮き出た喉仏が上下するのを見てああ男の子だなあ、なんて考えていれば視線に気付いたのか私の姿を見つけた志摩くんが間抜けな表情になった。
サプライズ成功!嬉しくて楽しくてくすくすと口元を押さえて笑っていると炭酸飲料のペットボトルを持った志摩くんが慌てて外へと出て来た。

「ウッソ!…会いたすぎて幻覚か何か見とるんやろか」

「えー、折角会いに来たのに。隣の建物から」

私の格好にかいらしいわぁ、とふにゃりと相好を崩す志摩くんに首を傾けて隣のハウススタジオを指差すとまさかと言わんばかりに志摩くんの垂れ目がちな瞳が見開かれる。

「今日、このゴルフ場の隣のハウススタジオで撮影だったの」

「は、はよ言ってや!何で教えてくれんかったん!?」

「多摩川だって知ったの、二子玉川着いた時だったから」

嘘を言うことなくありの儘の理由を伝えると不満げな表情の彼も渋々納得してくれた。もうスタジオにスタッフやモデルが居ない事を確認すると、手を繋いでのんびりと駅への道程を歩く。
志摩くんは多摩川で石の採取をしていたそうだ。もう季節は夏、電話の向こうの彼が物凄く疲れていたのは納得いった。しかし塾の授業で石の採取…ますます怪しい塾だ。
唇を尖らせて石拾いの愚痴を漏らす志摩くんを見て、取り敢えず今日はさっさと私の家に帰ってハンバーグでも食べさせてあげようと密かに今夜の予定を立てていった。

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