重い瞼を開けると外は明け方らしく白いレースのカーテンの向こうが青白い。
腹の上に重みを感じて目線をカーテンから自分に向けると、私の腹の上に頭を乗せた志摩くんが目の下に隈を浮かべてすやすやと眠っていた。

あれからぐずる私を宥めて部屋に入った志摩くんは私に買って来てくれた冷却シートを額に貼って、大人しくしててなと首を傾けて台所に向かう。彼が居なくなった途端心細くなって後ろをついていった私に、志摩くんは困ったように笑ったが何も言わなかった。ぐずぐず泣きながらくっついた志摩くんの背中が温かかったのと、一定のリズムで何かを刻む包丁の音が心地よくて志摩くんの肩に頭を乗せて目を閉じた。
志摩くんが急に屈み込んで私を背負った衝撃で微睡んでいた意識が急浮上する。志摩くんの項に鼻先を擦り寄せると微かに香水の香りとまだ真新しい制服の匂いが鼻孔を満たした。其の儘ベッドに連れて行かれ、先に寝かしつけた方がいいと判断した志摩くんにあっさり寝かしつけたられてしまった。
それから卵雑炊をふーふーあーんで茶碗の半分程を食べさせてもらった後薬を飲んで横になり、塾の課題だと言って聖書や経典の一部分が書かれた教科書と睨めっこしている部屋着姿の彼の背中を眺めている間にまた寝入ってしまったのをよく覚えている。
エロ本を買い込む程女の子が好きなのによく手を出して来なかったな、まぁ風呂に入りそびれ汗臭い素っぴんなら勃つわけないか。そう考えながらすっかり下がった熱に微笑み冷却シートを額から剥がしてゴミ箱に捨てる。汗をかいた儘のベッドで申し訳ない、と心中謝りつつ彼の身体をベッドの上へ引き摺り上げて布団を被せてやる。其の儘私はバスタオルと着替えを持ってトイレと一緒になったユニット式の浴室へと向かった。


シャワーカーテンを引いてぬるめのシャワーを頭から浴びる。髪を丁寧に洗って身体を洗えばやっとすっきりした気分になる。コンディショナーと洗顔を済ませ、ゆっくり湯船に浸かりたいとぼんやりと考えながらシャワーカーテンを引いたと同時にユニットバスの扉が開かれ恐らくトイレに起きただろう、眠たげに目を擦りながら志摩くんが入って来て私とぱちりと目が合った。

「……」

「……」

暫く互いに見つめ合った儘固まって数秒。さっと胸を隠しバスタブの中にしゃがみこむという冷静な判断を下した私に対して、顔を真っ赤にさせた志摩くんは慌ててベッドへと逃げ戻っていった。
明らかに動揺が隠しきれていない顔と昨日玄関で対峙した際にドアスコープ越しに見た真剣な顔にギャップが有りすぎて思わず吹き出してしまった。まだまだ微笑ましい思春期だなという保護者的思考と、私を名字名前という一人の女性として見てくれている彼を愛しく思う気持ちが交差した。
くるみより私が好きだと言ってくれた事が虚言だったとしても信じたい。浅ましいと分かっていても、損得抜きで私と向き合ってくれる志摩くんに縋りたかった。

服を着てバスタオルで髪を拭きながら部屋に戻ると私のベッドに大きい塊が出来ていた。あれは重症だ、放っておこう。先程より大分明るくなったカーテンの向こうと壁に掛かった時計を見てこれからの予定を立てる。今日は元からバイトも仕事も休みだったし、確か店長は朝からシフトが入っている筈だから朝のラッシュが終わった頃に風邪が治った事とお詫びの電話を入れないと。
布団を被って綺麗な丸になった塊をぼふぼふ叩きながらベッドに座ると怒っていると勘違いしているらしく志摩くんが小さな悲鳴を漏らした。

「志摩くん邪魔。もっと端寄って」

「え…まだ寝るん?」

「あれれぇ、腕枕いらないの?」

「お願いします」

冗談のつもりだったので雑誌のモデル撮影の時にぶりっ子キャラを通しているモデルの真似をしたら、がばりと布団を跳ね退けて即答された。
お風呂入った後ね、と首を傾けるといそいそと鞄の中を漁り始めた。新しいバスタオルを出して渡してやると名前ちゃんの匂いがするとか言って幸せそうに顔を埋めて言うものだから、何だか此方が恥ずかしくなって膝裏にローキックをかましてやった。

志摩くんがシャワーを浴びている間にベッドの端で大の字になり天井を見上げてうとうとと微睡む。早朝五時の過ぎに何やってるんだろう、隣や階下の部屋の住人に心の中で謝っているとガチャリと扉が開きマフラーのようにバスタオルを巻いて口元を隠した志摩くんが入って来た。

「きもちわるい、こっちこないで」

「ヒドイ!俺はこうやって名前ちゃんの匂いという匂いを堪能しとるんに…」

「いやだ志摩くんったらへんたいさんだったのね」

「名前ちゃん、眠いんやろ。俺も眠たーい」

私の腕が濡れないよう肩に掛けていたタオルを畳んでその上から頭を乗せた志摩くんは幸せそうに微笑んだ。微睡む視界の中で其れを見た私も自然と笑みが浮かぶ。身体を捩って向かい合ってくすくすと笑い合えば何だか公にしていけない禁断の恋をしている様な気分になった。

「洗濯、ほんまに頼んでもうてもええの?」

「うん。でも返さないから」

「えっ」

「あれは泊まりに来た時の着替えにすればいいんじゃないかな」

目を擦りながらそう言えば着替えを返さないと言われ驚いていた彼も私の意図に気付きその表情が緩んでいく。腕枕をしている立場なのにぎゅっと抱き締められてびくりと志摩くんの頭の下の腕が跳ねた。

「名前ちゃんは素直やないなぁ」

「何を仰る。手厚い看護の細やかなお礼じゃありませんか」

「何処が細やかなん?一瞬往生するか思いましたわ」

「してまえー往生してまえー」

「俺の真似っこ?ふは、かいらしいわ」

名前ちゃん好きやと囁いて私を抱き締めて笑う志摩くんに私もだよ馬ァ鹿、と心の中で悪態を交えた返事を投げて私はゆっくり目を閉じた。

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