「名前ちゃん、映画終わりましたえ」

「んん…志摩、くん…」

ゆさゆさと身体を揺らされる感覚と共に明るい光と優しい声が降って来る。小さく唸って温もりに縋ると「かいらしすぎる!何やこの生き物!」と聞こえてくる。ゆっくりと目蓋を開け頭を上げると映画はエンドロールになっていて、ライトは点いて明るくなっていた。いけない、すっかり寝付いてしまったみたいだ。

「ごめん…寝ちゃった…」

「ええよー、仕事忙しかったみたいやし。よく眠れた?」

「うん、志摩くんの肩の高さ丁度良かったから」

「良かった良かった。ほんなら行こか」

シートから立ち上がって寝ている間に握られたらしい志摩くんの手に引かれて映画館を出る。手洗いに行きたい旨を伝えると待っとるから行っといで、と頷いてくれたので近くの化粧室に入って化粧を直していく。
寝ていたせいかファンデもまだらになりペンシルタイプのアイライナーも下に落ちてパンダ状態になっている。志摩くんには悪いが一度メイクを落として最初からやり直す。アイシャドウのぼかしに少し時間が掛かったが、十分程で化粧を終えて化粧室を出る。
化粧室の直ぐ近くにあるベンチに座って携帯を弄る志摩くんに近寄ると、足音で気付いたのか携帯を閉じながら顔を上げにっこりと微笑みかけられた。

「お帰りなさーい。随分時間掛からはったね」

志摩くんにはずっと肩を借りたり待ってもらったりと随分迷惑を掛けてしまった。お詫び代わりに次のアトラクションは志摩くんの意思に添う旨を話すと、ほんならと人差し指を立て志摩くんの顔がデレデレになっていった。


「ひ、あっ!ダメ、もうダメ!志摩くん、早く!」

「エロい!何かエロいですその台詞!」

志摩くんが選んだアトラクションはホーンテッドハウス、所謂お化け屋敷だった。以前私が雑誌で怖いものが苦手だと話していた事も思い出したらしい。そんな事、張本人である私ですら忘れていたのに。どんだけ私の事好きなんだこの男!
洋館を模した屋敷の長い廊下を歩き、時折飾られた肖像画から勢い良く出て来る幽霊に叫び謝ったり嫌がったりしながら志摩くんの腕や背中にせわしなくしがみつくと、私のリアクションが予想外だったらしい志摩くんが慌てて私を宥めようとする。しかし居間らしき部屋に入った途端天井から逆さまになったマネキンが紐にくくられ落ちて来たのを目の前で見てしまい、絶叫して胸元に飛び込む私にとうとう志摩くんも固まってしまった。

「も、もうダメ…志摩くんっ、私もう出る…っ!」

胸や腕にしがみつきながら無我夢中で訴えるとごくりと生唾を飲み込んだ志摩くんに手を引かれて順路の途中の扉から外へと出してもらった。外に出て二人でベンチに座りぐったりしていると、ふと何気無く見遣った志摩くんの頬が真っ赤な事に気付いた。口元を押さえて背中を丸め視線を落とす志摩くんはまるで何かに耐えているようだった。もしかして、具合が悪くなったのだろうか。香水付け過ぎたかな、かなり長い時間抱き付いていたから匂いに当てられて具合が悪くなってしまったのかもしれない。

「志摩くん、帰ろうか」

「え、あ…名前ちゃん明日も仕事やもんね。ほな帰ろか」

繕うように笑って立ち上がった志摩くんに手を引かれてメッフィーランドを後にする。
まだ夕暮れにも至らず日は高い儘だが、この儘帰ってしまった方が良いかもしれない。待ち合わせの時のように入口の前で向かい合い志摩くんを見上げる。彼の頬はまだ赤い儘だったが、頬を隠す事なく微笑んでくれた。

「今度はお化け屋敷は無しだね。普通に買い物とか行きたいな」

「…え、…そ、それって…!」

「じゃあね、志摩くん。またコンビニでお待ちしてます」

ひらりと手を振って背中を向けて最寄りの駅へと歩いて行くと後ろから「心臓いくつあってももたん!」という志摩くんの叫び声が上がった。そんなに怖がりならどうしてお化け屋敷に入りたいと言い出したのだろう。

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テーマ「人外ファンタジー」
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