この小さな町を治めるのは勝呂家だ。元は丹後のとある町で長い間古刹と歴史ある旅亭を継いで周りの檀家や町民達を纏めていたが、数年前将軍様にその働きを認められ江戸に迎え入れられた。そして私達が住む町を治めるよう命じられた。
長年住み慣れた家と歴史ある寺と旅亭を檀家へと譲ったのは歴史より地位、将軍の右腕の座を狙っている、当主が女好きの放蕩坊主だから昇進して側室が欲しいから等と町民は噂するが、結局は金が必要だったからだ。勝呂家が継いだ寺は資金難で年々檀家の数が減っていたそうだ。寺は檀家が居なければ成り立たない、新たに檀家を増やす為にも金が必要だった。ただ其れだけなのだ。
そして、何故私がそんな事を知っているのかというと。

「奥様、名字名前様がお見えになりました」

其れは私が月に二度、勝呂家のお屋敷に入って奥様である虎子様に三味線を教えているからだ。
燐に用心棒を頼んでいて良かった。毎回佳枝さん一人残して屋敷に来るのは少し不安だった。
侍女の後をついて行くと帳簿を付けていた虎子様がお顔を上げて私と目を合わせてぱたんと帳簿を閉じた。

「あらあら。先生、少し待っていただいてもよろしおすか?」

「お構いなく」

この家に住む人達は皆はんなりとした丁寧で独特な言葉を使うのでこの屋敷に居る間、此処は江戸だという事をしばしば忘れてしまう。帳簿を持って奥へと引っ込む虎子様の背中を眺めていると、二人分の茶と八ツ橋を持った顔馴染みがひょっこりと顔を覗かせた。

「名前ちゃん、久しぶりやねー」

「こんにちは、廉造くん。今日のお茶汲みは貴方なのね」

志摩廉造くん。燐や雪男くんと同い年で薄紅色に染めた短髪が特徴の可愛い子。人懐こくて屋敷に招かれた私が一番最初に仲良くなった人でもある。
白地に紺の千鳥柄の着物の裾をはたはたとひらめかせて廉造くんは、三味線を出して虎子様を待つ私の隣に座って茶と菓子を並べる。

「今日は名前ちゃんが来る日やって、ちゃんと覚えはってん」

「あら、嬉しいわ。廉造くんも三味線のお勉強していく?」

「うあー、俺はええですわ。名前ちゃんに手取り教えてもらえるんは魅力的やけど」

手先使う細々したのは苦手ですねん、わしわしと短い髪を掻きながら廉造くんはへらりと笑った。彼は勝呂家の寺の檀家だった志摩家の五男坊で、勝呂家が江戸へと移る際に付き人として丹後から付いて来た男の子だ。
寺子屋で勉学を学んでいるので読み書き算盤も普通にこなす教養有る子だが、物臭で自分から進んで行動する事はない。女好きで町中の女の子の情報を全て把握しているという噂も立っている。
勝呂家の話を聞いたのも女の子の前だと口が軽くなる彼からの情報だ。

暫く廉造くんと談笑していると西陣織で作られた三味線を収めた袋を下げた虎子様がやってきて、廉造くんは「坊にも名前ちゃん来たて話しとくわ」と囁いて静かに下がっていった。
坊とは虎子様の唯一のご子息、所謂跡取りである。廉造くんと同い年で廉造くんよりも遥かに多才で教養のある、この儘行けば将来間違いなく出世出来るであろう方だ。ただ目付きが悪く少々口が悪い為あまり良い噂は聞かずご子息に歪曲した印象を抱いている人も居る。廉造くんを通じて会った時、ぶっきらぼうではあるものの丁寧に受け答えをしてくれたので悪い人では無いだろう。

「ほんなら今日も宜しくお願いします、先生」

「はい。では練習代わりに一曲、ご一緒に」

袋の口を解いて漆塗りの三味線を取り出し構えた虎子様に一つ頷き、二人で息を合わせて銀杏形の撥で弦を弾いた。

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