翌日私は三味線と佳枝さんお手製の水羊羹を持って随分前に寂れた寺へと訪れていた。燐は寺の境内で仰向けになって寝転がっていた。名前を呼べばむくりと起き上がって場所を開けてくれた。

「寝転がるなら掃除しないと。袴が汚れますよ」

「うるせ、もうボロいんだから今更気にしねーよ」

隣に座って色褪せた袴と着物を摘まむと燐は唇を尖らせ片膝を曲げて頬杖を突いた。一口大に刻んで水羊羹を包んだ笹の葉を解いて楊枝を手渡すと一口放り込む燐の口から冷てぇと呟きが漏れる。
話の大筋は雪男くんから聞いた。燐は今の時代禁止されている帯刀をお偉い様から許される程腕の良い剣士で、良く武家に迎え入れられ用心棒や傭兵として雇われるのだが如何せん素行に問題有りで、直ぐに雇主と口論になり辞めさせられてしまうのだ。そして先日、やっとこさ見つけた傭兵の職に赴くも雇主の態度が気に入らず喧嘩をして解雇になった…と。

「昨日は大変だったみたいね、お疲れ様」

「…チッ。また雪男か」

「燐と会いたかったから来ただけよ。下心はありません」

「…分かってるよ。名前は俺に同情したりはしねーし…」

「燐が頑張ってるのはよく分かっているもの。同情するより応援したいわ」

ごろりと燐が寝転がってしまったので分厚い布を縫い合わせて作った筒の口を開けて三味線を取り出す。弾いてもいいかと尋ねれば肯定の返事を貰ったので撥で剣以外に教養の無い燐でも分かるわらべ歌を歌いながら三味線を弾いた。
北の方から伝わったという民謡を歌っていると燐が眠たげに身体を丸める。猫のような、犬のようなその仕草に微笑ましく感じていると、ふと頭に一つの案が浮かぶ。

「ねぇ、燐。頼みがあるのだけど」

「んあ?」

てぃんとんと三味線を弾きながらちらりと燐を見ると、自分の腕を枕代わりにしていた燐が此方を見上げた。

「私の屋敷が其れなりに広いのは知ってるよね」

「おう」

「屋敷に住んでるのが私と佳枝さんだけだっていうのも知ってるわよね?」

「…おう」

一応確認の為二つ程質問をしてみると燐の眉間に皺が寄る。口には出さないが自慢なら他所に行けと言わんばかりだ。燐と雪男くんの家はあまり大きくないし、殆ど雪男くんの医療道具や参考書で部屋が埋まってあるから窮屈な生活を強いられているからだろう。

「自慢じゃないってば。あのね、大きなお屋敷に二人は不安なの。私だけ、佳枝さんだけっていう時もあるし、燐が良ければ私の家の用心棒をして欲しいんだけど」

「…は、…!?」

「燐なら小さい頃から私の家に出入りしてたし勝手が分かるでしょう?下手に人を雇うより顔見知りに頼んだ方がいいかと思って」

「いや、でも、お前…!」

「給金は月三両。佳枝さんと同じ禄を出すわ」

三両は武家に仕える下男と同じ禄。今の生活に不満のある燐にとっては魅力的な額だろう。性格に難は有るものの腕は確かで職を探している燐、お金はあるが非力で無力な私。利害関係は一致している。更に私は燐にとって利になる条件を出して行く。そう、雇う者が居なければ私が雇えばいい。幸い金には困っていない。

「最初の七日は日雇いとして一日600文支払うよ。ご飯は出せないけど、お風呂なら貸せるし召し物も揃えられる。但し一着だけね」

てぃん、とん。三味線の凛とした音色を響かせながら私は燐を言葉巧みに言いくるめていく。燐の表情はまだ優れない。顔見知りと雇用関係になろうとしているのが未だに現実として受け入れられないらしい。

「これは同情じゃなくて、本気で困ってるから頼んでるの。佳枝さんは私が雇った下女じゃないもの、私もまだ三味線は嗜みたいし」

其処まで言ってようやく燐が首を縦に振ってくれた。私が燐を雇いたい理由を理解してくれたらしい、佳枝も名前も細っこいからなと腕を組んで頷いた燐は境内の柱に無造作に立て掛けていた青い鞘の剣を手に取った。

「分かった。お前も佳枝のやろーも全力で俺が守る!」

「有難いわ。なら早速行きましょうか」

にこりと笑って三味線に興じる手を止め立ち上がると燐の顔が豆鉄砲を食らった鳩の様に間抜けなものになる。三味線を再び布に包み直し肩に下げると燐に立つよう促す。

「これから屋敷に帰って早速湯浴みさせないと。佳枝が召し物を揃えて待っているわよ」

既に佳枝さんて雪男くんには話をしていた、燐を用心棒として雇いたいと。二人とも私をお人好しだと言って呆れ返っていたが、結局笑顔でいいんじゃないかと背中を押してくれた。雪男くんは兄を宜しくお願いします、なんて言って頭を深々と下げてきたものだから驚いてしまった。まるで燐を嫁に貰う旦那になった気分だった。

「燐が湯浴みから上がったらたっぷり働いてもらわないと。まずはざる蕎麦から!」

「おい、仕事は用心棒じゃねーのかよ」

かくして我が家には私と佳枝さんの他に用心棒兼料理人が加わったのである。



補足
1両=約20万円
1文=約30円
と考えて計算しています。

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