ぎゃあ、という短く濁った野太い悲鳴が上がったのは私の目の前からだった。私の首に血まみれの手が触れた瞬間、私へと襲いかかる"何か"の背中から新たな血飛沫が上がったせいだ。瞬間、私の身体は力強い腕に抱き寄せられ一気に後方へと引き寄せられる。後頭部に手が回され少し乱暴に後ろを向かされ、温かいのに固い何かへと顔を押し付けられる。
突然の第三者の乱入に燐を筆頭に町民が神隠しにあったと思っていた私は驚きのあまり抵抗も出来ずに其の儘身体を委ねていた。

「志摩!縛り上げぇ!」

      ツワモノ
「日の本一の兵みたいやんな、惚れ直してまうわぁ」

「あの毛むくじゃらの何処が兵なわけ?あんなのが日の本一ならこの国も末期だわ」

「聞こえとるで神木ィ…!」

すぐ其処で最早懐かしいとすら感じる、ずっと探していた愛しい人達の声がした。腕を引かれてからずっと閉じていた目を恐る恐る開くと着物の生地が視界一杯に移り込んで来た。忘れもしない、雇った際一番最初に買い与えた着物の生地だった。

「り、ん…?」

「悪い、遅くなっちまった」

露草のような鮮やかな蒼の着物へと指を這わせ数日間ずっと呼び続けたその名を呼べば、確認するような声色に安心しろと言いたげな強く優しい返答に目頭が熱くなるのを感じて慌ててうつ向く。
後頭部を数度撫でられる中で彼の右手に握られた刀は刃が剥き出しで、真ん中から刃先に向かって赤い液体がべったりと付いていた。
無力な私の請いに応えてくれたのが嬉しくて、ぼろりと零れた雫は地面へと落ちて色を濃く変えていく。

「う…っ、りん…りん…!」

「…馬鹿、泣いたら沁みるっつーの」

顔を上げてがばりと目の前の人物に抱き付けば慌てたように私の身体を支えたのはやはり燐で。幻ではないよね、と涙を流しながら燐の顔を掌で探れば燐は眉尻を下げ私の目尻を拭う。ちり、と弾けるような痛みを右頬から感じてそこへ指を這わせてみれば小屋に押し込まれた際に頬を擦ってしまったらしい。皮が少しだけ向けていて、そこに涙が染みてしまったらしい。
痛いと呟いて頬を押さえると背後でじゃらりと何かが擦れるような音と共に人の動く気配がした。

「伽樓羅、加減は要らん。灰すら焼き尽くせ」

背後から聞こえる独特な方言に振り向こうとする首を燐の手が阻止する。何故、と疑問を抱き燐の手を振り払おうとした刹那、ぶわっと赤い炎が上がり夜にも関わらず私の影が赤い背景の中燐の着物に揺らめく。先程聞いた野太い声が更に悲鳴を上げ、肉が焼けた匂いが辺りに充満していく。背後で起こっている出来事を想像するのは容易く思わず鼻を摘まんでしまった私を燐は静かに見下ろしていた。
やがて悲鳴は炎の中へと消えていき後ろから差し込む炎が収まった頃には静寂だけが私達を包み込んでいた。

「もう、後ろ向いてもいい?」

「おう」

「名前さん、痛む所あらしませんか」

「だ、いじょうぶ…痛くない、よ」

「血出とんで、大丈夫なわけないやろ」

後ろを振り返るも其処には血まみれの"何か"の姿は見当たらず、代わりに肩に鳥のような動物を乗せた竜士くんが私の足を見て眉間の皺を寄せた。
彼の視線に合わせてそろそろと目を足元に落とすと来るまでに砂利を何回も降んだせいか、皮膚が切れて所々血がこびりついていた。誰か居ないか探すのに必死だったせいで今まで気が付かなかった為、急激に恥ずかしさが込み上げてきて慌てて足を隠そうとするも私の背後からにゅっと伸びた腕が私の足首を掴んでしまった為隠す事すら出来なくなってしまった。

「尖った石でも踏んだんでしょう、早く砂利を落とさないといけませんね」

「ゆ、雪男くん…!」

「こんばんは、名前さん。遅くなってすみません、これでも馬には頑張ってもらったんです」

燐の露草のような蒼より少し薄い、濁りのない小川のような澄んだ蒼の着物に腕を通した雪男くんが私の足の怪我をざっと診察してくれた。
辺りを見渡すと他にも廉造くん、子猫丸くん、出雲。小屋から佳枝さんを運び出すしえみとシュラちゃんの姿もある。

「みんな…よかった、私、てっきり神隠しにあったのかと…!」

「神に仕えるあたしがどうして神隠しに遭わなきゃならないのよ、失礼ねっ」

「テメェ等そんなに元気なら此方手伝え!名前よりコイツが重傷だ」

「よ、佳枝さん…!生きてるよね、死んでないよね?」

「兎に角、一度名前さんの屋敷に戻りましょう。二人の怪我の治療も、僕達についての話もそちらで」

二人に運び出された佳枝さんはぐったりとした儘目を覚まさない。不安に駆られ雪男くんの袴を軽く引っ張ると眼鏡を押し上げた雪男くんは緩やかに微笑んで優しく私の頭を撫でた。
どうやらこの数日、居ない間の話もしてくれるらしい。皆も来てくれるならと二つ返事で首を縦に振った私の背後ではどちらが私を屋敷まで運ぶか、燐と竜士くんが激しい火花を散らし睨みあっていた。

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