その日、町外れで細々とした薬屋を営むシュラちゃんの小屋はちょっとした盛り上がりを見せていた。炭がぱちりと弾ける囲炉裏を囲み互いにそわそわと身を寄せ合いながら鍋を覗き込む私の右隣にはこの小屋の主であるシュラちゃんが。左隣には飴屋を営むしえみが。

「そろそろいいと思うんだけど…」

しえみの呟きに私達はせっせと囲炉裏から鍋を外しシュラちゃんのちゃんちゃんこで鍋を包み木べらで中を掻き混ぜていく。三人で交代しながら混ぜ合わせる鍋の中身はしえみが持ち込んだ白濁の飴だった。

事の始まりはしえみとシュラちゃんが夏祭りに向けて三味線に勤しむ私の元へ押し掛け、佳枝さんの作った饅頭を頬張りながら打ち明けた悩みから始まる。

「夏祭りの屋台を出したいんだけど、飴の成形が出来なくて」

「夏祭りで大儲けしてやろうと思うんだが、苦い薬なんぞ子供が買うわけねーよなぁ」

三味線を弾きながら話を聞く私の視線の先にはぐにゃぐにゃに変形した儘固まってしまったしえみ手製の飴細工とシュラちゃんが作った南天のような小ぶりの丸薬がある。
子供に人気があるのに不器用なしえみ。手先が器用なのに苦い薬ゆえに子供からは敬遠されるシュラちゃん。どちらも利害は一致しているのではないだろうか。
気付けば私は三味線の手を止め両手をそれぞれ持ち込んで来た飴と丸薬へと向けてこう言い放っていた。

「混ぜてしまえばいいと思いません?」

こうしてしえみとシュラちゃんという異色の組み合わせが出来てしまったのである。
随分と昔の事を回想している内に鍋の中の飴は手で触れる程に温度が下がったらしく、自分で皮を削った木の枝に丸めた飴を取り付け器用に鋏を使って成形をしていく。暫くその様子を眺めていればあっという間にシュラちゃんの手の中では飴が丸くなって寝転がる猫へと形作られていた。
きらきらと瞳を輝かせたしえみがシュラちゃんを褒め千切るのを聞きながらシュラちゃんは私へと飴を押し付けてきた。何事かと首を傾けてみればシュラちゃんの口元が歪み昼間から酒を飲んでいたせいでとろりと蕩けた瞳が細められる。

「言い出しっぺの名前が味見だにゃあ」

成る程、手を組むよう二人に勧めた私に味見係を任命したらしい。確かに見守る他特にやる事も無いので躊躇いもなく飴細工の尻尾の部分を口に含む。まだ温かい飴は作り立ての饅頭のように柔らかくしえみのような柔らかい甘味が口内に広がっていく。その中に苦味など何処にも見当たらなかった。



最後の音を力強く奏で静かに撥を下ろすと私へと視線を向けていた観衆達は一斉に手を打ち鳴らし若い男性やご老人、はたまた私の教室に通う子供達が懐紙に包まれた花を渡してくれる。三指を揃え頭を下げて礼を言いながら花を抱えて静かに舞台から下りれば、裏方を担い舞台の出番を待つ人達の案内役も務める朔子ちゃんが迎えてくれた。

「名前ちゃん、お疲れ様。三味凄く良かったよ」

「有難う、朔子ちゃん。出雲は何処に行ったのかしら」

「出雲ちゃんはお稲荷様の下でお酒飲んでる人に叱りに行っちゃった」

「さぞかしお稲荷様のように目を吊り上げて怒っているのでしょうね」

朔子ちゃんと別れ女性の衣装変えの場として当てがわれた神社の社で振袖に着替え、一度屋敷に戻ろうと花と衣装を包んだ風呂敷を持って社を出れば籤と睨み合いをする白の着物に紺の袴を履いた顔見知り数人が居た。三人に近寄りながら声を掛ければ真っ先に瞳を輝かせて振り向いた廉造くんの横でへにゃりと表情を綻ばせる子猫丸くん、そして籤を枝にくくりながら顔を逸らす竜士くん。

「山車に乗るのは三人共、だったのね」

「女将さんの計らいで」

「町中の女子の視線独り占めやなっ!」

「やかまし!」

以前勝呂家のお屋敷に上がった際に子猫丸くんが「坊がだんじりに」と言っていたのでてっきり竜士くんだけだと思っていたが、子猫丸くんと廉造くんも虎子様の計らいで山車に乗れる事になったらしい。
相変わらず煩悩にまみれている廉造くんに頭を叩いて叱る竜士くんのいつもの光景に思わず笑みが零れてしまう。

「今日の山車、琵琶弾きのおじさんがお腹を壊して寝込んでいるらしいの。代役を務める事になってしまって…」

「えっ!名前さん、だんじり乗らはるの?よっしゃ、隣陣取ったろ!」

「……ほんまですか」

今朝急に決まった代役の話をこっそり打ち明ければ竜士くんの瞳が僅かに見開かれ、驚いたように此方を見据える。はしゃぐ廉造くんを制しながらよろしくね、と小さく頭を下げれば僅かに彼の頬が朱に染まった。

「ほんなら一度屋敷帰らはるんやろ?三味持つん手伝いますわ」

坊が。手を叩いて名案とばかりに声を上げた廉造くんに勝手に決めんな!と顔を真っ赤にして竜士くんが怒鳴り声をあげる。その様子を乾いた笑いを浮かべながら眺めていた子猫丸くんも何故か廉造くんの提案に賛同し、あれよあれよという間に私の三味線は竜士くんの腕の中にあり私達は神社を出て私の屋敷へと足を進めていた。

「ごめんなさいね、付き合ってもらってしまって」

「いえ…だんじり乗るんはまだ先やし、志摩は後でどついときますんで」

ふと目を向けた先には私が提案した飴屋と薬屋の合同屋台が展開され、甘い匂いに釣られた子供達の声で賑わっている。器用に鋏を使い様々な動植物を作り出すシュラちゃんの隣ではしえみが一生懸命飴を木の型へと押し付けていた。
あの型は前にしえみと会った際に燐の刀の鍔は鋳型で型抜きされたものだと思い出した私は彫刻を生業としている職人の元へと赴き型の作成を依頼したのだった。
四角く分厚い木の板は花や猫の顔の形に掘られ其処には花弁や猫の髭や鼻等も精巧に彫り込まれている。丸めた飴を押し付ければ飴を花や猫の顔の形に成形するだけでなく、飴に模様を刻む事も出来る。本物に似せた成形が苦手な子達にはそれを渡せば大層喜んで貰えたらしく型押しをしているしえみの周りにも子供達が集まっていた。
良かったね、しえみ。これなら貴方の人見知りもきっと治るでしょう。心の中でそっと呟き口元を緩めていると、私が歩みを止めたのに気付いたのか先を歩いていた竜士くんが小走りで駆け寄って来る姿が視界の端に映り込んだ。

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補足
花というのはチップというか楽しみ賃というか…。
植物ではなくお金の事です。

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