今日は三味線の練習も無く、至って平和な一日だ。何の目的も無くふらふらと町の中を歩いていると、三味線教室でも見掛ける子供や見掛けない子供達がとある店の前でわいわい賑わっていたのでそちらへと近寄っていく。
見てみれば滅多に開かない店が開いているらしく、子供達が仕切りに店にいる女の子に動物の名前だったり花の名前を呼び掛けている。

「しえみ、久しぶり」

「あっ名前…!わあ、久しぶりだねっ」

犬と希望した男の子に大きい鍋の中から白濁とした色の飴を手に取り丸めながら串に差して私を見てへにゃりと笑うのは、この町の外れで大きい花屋を営む杜山家の一人娘のしえみ。この娘は過度な人見知りで幼い頃からずっと店の裏の庭でお婆様と庭いじりをしていたものの、最近になって人見知りを克服する為に月に一度程、この店で飴屋を開いている。しかし彼女の飴の成形は少々独特で大体動物は想像上の動物"麒麟"のような形で、花は萎れてくしゃくしゃになった朝顔のような形になる。しかし子供達は似ても似つかないしえみの飴を面白がり、店が開いているのを知ればなけなしの小遣いを持って飴屋へと駆けていくのだ。

「せんせい!せんせいもなにかたのんでよ!」

くいくいと私の着物を引っ張りながら三味線教室に通っている女の子がしえみの作ったぐにゃぐにゃの犬を指差した。
ふむ、と顎に指を添えて少し考えると少しこの飴細工に興味を抱く。手に提げていた巾着から銭を出すとしえみに声を掛けた。

「なら、猫をお願いしようかしら」

「猫さん!分かった、頑張ってみる!」

ぐ、と拳を握ったしえみが飴を練りながら丸めていき、串に差して皺を伸ばす。綺麗な円形になった所で形を整えて鋏で切り込みを入れて成形していく。
しえみは花屋の娘という家系のお陰か鋏の扱いは慣れている為、ばちんばちんと容赦や躊躇いは一切無く飴に切り込みを入れていく…が、途中からあれ?あれれ?と困ったような声と共にその形はぐにゃぐにゃになっていく。
ああだこうだと試行錯誤している内に飴は固まり、首を伸ばした亀のように異様に伸びた首らしきものがぽきんと折れてしまい周囲の子供からあーあ、と呆れたような声が漏れしえみは申し訳なさそうに頭を垂れた。



「私、飴屋は向いてないのかも…。不器用だし、飴の成形もうまく出来なくて…」

閉店を示す簾を下ろして腰掛けに座り一息吐くと、火を消したばかりの鍋の中を見てしえみが溜め息を漏らした。
その横で私はしえみがやっていたように熱い飴を練り丸く形を整えて串に差し、大体の形を決めて鋏を入れていく。ぱちんぱちんと鋏で作った二つの切り込みを真っ直ぐ上に立たせ耳を作る。指で飴を搾ってくびれを作り顔の輪郭を整えて、更に幾つか切り込みを入れていけば不格好ながらも後ろ足で立つ兎が出来た。
飴細工に必要なのは創造力と表現力だ。要求された動物の姿をはっきり脳裏に描いて形や厚さを整えて更に飴が固まる前に手早く作っていく。

「飴細工は一朝一夕では習得出来ないって事ね。最初は絶対に習得するって聞かなかったじゃない。急にどうしたの?」

「……隣の町の飴細工職人が、私の飴を見て嘲笑ったの。凄く悔しくて、頑張ったんだけど…全然上手くなれなくて」

「馬鹿にされたからって焦っちゃ駄目よ。功を成すには時間を掛けないと」

こくりと頷くもののしえみになかなか元気が戻って来ない。そもそもしえみが飴細工を始めたのは飴を通して人と交流し、人見知りを直したかったからであり飴細工を生業としたいわけではない。
不器用なしえみでも上手く飴を成形出来ないものかと少し考えれば、ふと頭に燐がいつも携えている刀の鍔が頭に浮かんだ。…そうだ、あれなら。

「しえみ、私用事を思い出したから今日はもう帰るわ。大丈夫、きっと直ぐに上手くなる。祭の時に屋台を出すって言っていたじゃない、頑張って」

柔らかい髪を撫でてやるとじんわりと涙を浮かべ拳を握り締めたしえみがこくりと頷いた。
簾を押して店から出ると手を振ってまた町を歩き出す。確かこの辺りに木材を使って仏様や熊を彫るという腕の良い彫り師が居た筈だ。日が暮れて家に居る燐と佳枝さんに怒られる前に探してしまおう、そう考えれば自然と歩みも速まっていった。

用事を済ませ彫り師の家から出ると、高かった陽も大分暮れ掛かっていた。少し散歩をすると言って出て来ただけに、これは帰ったら確実に燐と佳枝さんの雷が落ちるだろう。
しえみの為にやった事なので特に気にはならないが、火中の栗を拾うというのはこの事かと私は一人苦笑を漏らすしかなかった。
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