今日はたまたま米を買いに行く日で、私一人じゃ米俵を持てないからと燐を引き連れて来たのも、その帰りにこの町唯一の神社である稲荷神社の前を通ったのもたまたま。

「ねぇ、あの男性怪しいと思わない?」

「あ?…あー…怪しいな」

そしてふと稲荷神社へと目を遣ると境内をこそこそと見て回る不審な男を見つけたのも、たまたまだった。
二人で息を潜めて神社の敷地内の木に隠れて不審者の動向を眺める。日の傾き具合から見ると確か今、巫女と看板娘は小休憩と称して奥の縁側で茶を嗜んでいる筈だ。つまりこの神社は無人だという訳で、其れを察した男はにやにやと笑みを深めて袖から襷を繋げて作った長紐を取り出して賽銭箱にくくりつけ始めた。

「あらあら。あの人、賽銭泥棒をなさるつもりだわ」

「…俺も地べた這うような生活してっけど、あーいうのにはなっちゃいけねえって…それ位分かるぞ」

「燐、落ち着いて。まずはその米俵を置いて頂戴」

男を見て青筋を立てる燐を宥めて軽々と担いでいた米俵を下ろさせる。深呼吸して気持ちを落ち着かせる燐に褒めるように頭を一撫でしてから耳打ちをする為耳元に顔を寄せた。

「良いですか、今から賽銭泥棒を捕まえます」

「お、おう」

「賽銭泥棒は恐らくあの賽銭箱を背負って逃げる筈。彼が賽銭箱を襷で身体に縛り付けた所で燐は境内に回って彼に声を掛けて下さい」

「其れだけで良いのか?」

「ええ。この稲荷神社は私達が潜って来た鳥居からしか出入り出来ません。彼は必ず此方に来ます、後は私に任せなさい」

「分かった。まずアイツが賽銭箱を背負うのを待てばいいんだな」

二人で頷きあってまた賽銭泥棒の動向に目を光らせる。燐も久しぶりに用心棒以外の役目が回って来てやる気もあるみたいだ。
ややこをおぶるみたいに重い賽銭箱を背中に乗せ長紐で身体を結わえて固定するのを確認すると燐に目配せして境内に回らせる。私は木から離れて鳥居の柱に身を潜めた。この辺りはあまり人が通らないので人目を気にする必要は無い。燐が泥棒に声を掛けるのを待っていると神社の方から男性の叫び声と燐の狼狽した声が響き、此方へと走って来る足音が聞こえて来た。

「くそっ、くそぉっ!神社に男が居るなんざ聞いてねぇよぉっ!!」

悪態を吐きながら賽銭箱を重そうに背負って走って来た男がそう叫んだ瞬間。

「あいつが追い付く前に何とか逃げちまっぶ!?」

身体を丸めて目の前に転がり込んだ私に対応仕切れず、足を引っ掛け賽銭箱の重さも相まって勢い良く地面へと転がった。土埃を払ってうつぶせになった彼の背中にある賽銭箱の上に座るとぐえっと蛙の様な声を上げて男が低く唸る。

「うふふ、身を挺して止めただけあるわ。貴方の転びよう、お見事でした」

「くそっ!お前もアイツの仲間か!目当ては賽銭か!?」

「残念、私はこの神社の巫女と友人でして。罪に手を染めるような事はしませんよ、私も燐も」

そうしている内に燐が巫女を呼んで来たらしく、慌てた様子で燐と巫女が駆け寄って来た。
私の腰の下にある賽銭箱と男を認めるなり巫女は瞳を稲荷様のように吊り上げて怒声をあげた。

「なっっにしてくれてんの!?私の賽銭箱盗る暇あったら勝呂家の屋敷の壺とか茶器を盗んできなさいよっ!!」

「おい眉毛、その怒り方は違うんじゃねーか…?」

「煩いっ、眉毛って呼ばないで!アンタは私に知らせるの遅すぎなのよ!!」

「えええ」

「こんにちは、出雲。朔子ちゃんは?」

「朴は昼寝中よ!其れに名前、あんたも賽銭箱の上に座らないで!うちの賽銭箱は腰掛けじゃないの!」

「えええ」

つかつかと近寄って来たこの稲荷神社の巫女である出雲は、私や燐を押し退けて鳥居の前で堂々と泥棒に説教を始める。
最初は罪を犯せばどんなに秘密にしてもいつかは必ず暴かれ役人に厳しく罰せられる事を説いていたのに、途中から賽銭箱には稲荷が住み着いていて盗んだ者は稲荷にとり憑かれるとまで言い出した。
あまりの迫力に私達も圧倒されてしまい別に私達で捕まえる必要もなかったかなと二人で顔を見合わせ、米俵を回収していそいそと帰ろうとした所。

「ちょっと!まだ話は終わってないわよ!」

出雲に見つかってしまった。二つに結った長い髪を靡かせながら出雲が近寄って来る。
その顔は――何故か真っ赤だった。

「あ、有難う。全然気付かなかったから…その…助かった、わ」

蚊の鳴くような声で目を逸らしながら礼を言う出雲と照れ臭そうに頭を掻く燐を微笑ましそうに眺めていると、騒ぎを聞き付けたお役人がやって来るのを見て燐に帰ろうかと声を掛けた。
出雲に別れを告げて家に向かって歩き出すと役人に混じって神社へと向かう竜士くん達にすれ違った。私を見ると一瞬表情が緩んだ竜士くんだったが、燐が隣に居るのを目に留めた瞬間その目付きは一気に厳しいものとなる。燐を睨みながら走り去って行く彼に私と燐は何事か分からずに顔を合わせて首を傾けた。

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テーマ「人外ファンタジー」
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