虎子様とのお稽古を終えて二人で世間話に花を咲かせていると、侍女が虎子様に来客がいらしたと告げに部屋へと入って来た。
布袋に三味線を収めて申し訳無さそうに頭を下げて部屋を出て行くのを見送ると、侍女から竜士様がお待ちですと声を掛けられ一つ頷いて立ち上がった。
三味線の袋を肩に提げて侍女の後を付いて歩いて行き、漆塗りの枠に嵌まった水墨画が描かれた襖の奥へと通された。

「名前ちゃーん、待ちくたびれたわあ」

広い部屋の中で三人の男子が座って此方を見つめていた。その中の一人、先程会った志摩廉造くんが足を崩して顔をくしゃくしゃにした。どうやら足が痺れてしまったらしい。情けな、と呆れたように溜め息を吐く竜士くんを宥めて三人の向かいに腰を下ろした。

「ずっと待ってたの?足くらい崩してもいいのに」

「もう崩してます!」

「やかまし!」

三味線を脇に置いて首を傾けるとびしっと勢い良く手を上げた廉造くんの頭を竜士くんが叩く。其れを見た子猫丸くんが困ったように笑う。これが三人のいつもの風景だ。そして広間に通された時はこの三人と一緒に小さなお囃子を奏でるのも、このお屋敷を訪れた時のいつもの風景でもある。
廉造くんと子猫丸くんも元は勝呂家の寺の檀家だったが、勝呂家の異動の際に跡取りである竜士くんの付き人として無理矢理付いてきたらしい。それ位廉造くんも子猫丸くんも竜士くんを慕っているのだろう、三人でいる時の竜士くんの表情は穏やかそのものだ。

「か、堪忍な。今日も練習付き合うてもろていいですか」

「勿論。竜士くん、笛上手くなったもんね」

「坊、今度祭でだんじり乗って笛吹く事になったんですわ」

まるで自分の事のように喜ぶ子猫丸くんが言う祭は五穀豊穣を願って毎年夏の終わりに屋台を出したり、男達で山車を引いたり神社に舞台を建てて其処で舞ったり芸をやったりして騒ぐ祭の事。
舞台を建てるのに使われる神社の巫女が憂鬱げにぼやくのを看板娘がやんわりと宥めるのは毎年恒例の光景だ。

      ダシ
「京の都だと山車の事はだんじりって言うのね」

「はい。坊はほんま勉学も身の周りの事もそつなくこなす器量良しですわ」

「それじゃあ輿入れする方は苦労しそうね」

「名前ちゃんが輿入れしたらええやん。女将さんも和尚も喜びますわ」

廉造くんの言葉に竜士くんが篠笛が入った桐の箱を派手な音を立てて落とした。やかまし!と本日二回目の怒声をあげた彼の顔は真っ赤に染め上がっていた。

「志摩さん、冗談はあきませんよ。坊が困ってますやんか」

     カネ
「そうよ。鉦の準備して頂戴」

「えー!坊貰わんの?ほんなら名前ちゃんは俺が貰ベヴォッ」

「志摩ァア…ッ!」

へらへらと笑いながら冗句を漏らす廉造くんの脳天に竜士くんの拳骨が降る。黒い空気を背負って立ち上がった片方に冗談やって!と半泣きで後退るもう片方の遣り取りが楽しくて子猫丸くんと二人で笑い合った。四人でお囃子の練習、にはまだ少し掛かりそうだ。



「先刻の話やけど」

あの後四人で練習を始めて数刻。すっかり日が傾き始めてしまい慌てて帰る仕度をする私に竜士くんはそう切り出した。今は廉造くんと子猫丸くんは和尚――竜士くんのお父様でありこの町を治める偉い御方――に呼ばれて部屋から出払っている。
三味線を入れた布袋の口を縛りながら何の話かな、と首を傾けると僅かに彼の頬が朱に染まった。

「こ、輿入れの…」

「ああ、廉造くんの冗談ね。気にしなくてもいいよ、私も気にしてないもの」

「……せやな」

袴を握り締めてうつ向く竜士くんに首を傾けて声を掛ければ少しの沈黙の後素直に頷いてくれた。
真面目な彼は時々廉造くんの軽い冗談すら真に受けてしまうので、彼の誤解を解く必要がある。普段は大人っぽい彼もこういう所では私との歳の差というものを感じた。

お暇するね、と言って立ち上がると玄関まで送ると言って律義に見送りに来てくれた。草履の鼻緒に足を通して竜士くんに軽く頭を下げて背中を向けると弾かれたような声が降ってきた。

「で、でも、名前さんが輿入れしてくれたら…おかんもおとんも喜ぶと思います」

その後に小さく俺も、と付け足した竜士くんに私は此処でも歳の差を感じて微笑みを浮かべ、勝呂家のお屋敷を出て行った。

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