目を開けると紅葉が舞う京都のとあるお寺に来ていた。
文字の如く紅く燃えるような葉に綺麗だ、と考えていると、ふと石のようにぴったりと地面と仲良しだった足が羽のように軽い事に気付いた。試しに持ち上げて見るとふわりと地面を離れて足が持ち上がった。どうして、と首を傾けていると目の前を一人の女の子が通り過ぎていく。髪を肩まで切り揃えていて一瞬分からなかったが、りんくんとゆきおくんの遊び相手で、竜士くんに蝉の脱け殻を渡したあの女の子だった。紺のセーラー服を身に纏ってうろうろと周りを見渡す様子は何処からどう見ても。

「……うう、迷った」

やっぱり、迷子になっていた。苛々した様子で携帯を操作し誰かに電話を掛ける。…が、相手は出ないらしく眉間の皺が深くなる。
地図を広げて現在地を確認しつつしおりの宿屋の地図と重ねてふらふらと歩いていく。今日はついて行ってみよう、軽やかな足で跳ねるように後をついて行くと彼女は裏道のような細い裏路地をすいすいと進んで行く。が、やがてぴたりと足を止めて地図をぐるぐると回して首を傾ける。

「おっかしーなぁ…」

裏路地の真ん中で地図と睨み合いを続ける彼女に、後ろからビニール袋と紙袋を下げた男の子が近付いて来た。ちらりと彼女を見るも声を掛ける事なく後ろを通り過ぎる……が、うんうん唸って考え込む彼女を見捨てきれなかったのか直ぐに踵を返し近付く。

「そこの彼女、何しとんの?」

「ん?んっんー…地図見てる」

「迷子か」

「迷子だ」

パタパタと地図で顔を扇ぎながら彼女は男の子と話す。その掛け合いは竜士くんとの漫才を彷彿とさせる。そういえば竜士くんは京都の小学校だって言ってたな。

「何処に行きたいん?」

「山藤っていう旅館」

「おー、知っとる知っとる。でもこっからやとバス乗らんと行けんよ」

どうやら彼女に行き先は彼も知っている場所だったらしい。バス停連れて行ってくれるかな、と彼女が頼むと彼はかまへんよ、と返してビニール袋と紙袋を持ち直して歩き始めた。
二人の後をちょこちょこと歩いて行くと、此処の井戸は山からの湧き水だとか彼処の和菓子屋は美味いだとか男の子は彼女に色んな事を教えている。対する彼女は終始上の空で男の子の傍を歩いているだけだった。やがてバス停に着き、降りるバス停の名前を教えて貰いと時刻を確認すると直ぐ傍にあるベンチに座った。まだバスが来るまで時間があるらしい、ほんなら俺もと隣に座った彼が首を傾けた。

「そういや、何でこんな所に居ったん?修学旅行なら他にも一緒に行動しとった子居るやろ」

「近くのお寺に用事があったの、お守り欲しくて。団体行動って苦手だから、待ち合わせ場所だけ決めて自由行動にしたの」

彼女が鞄から取り出したお守りを覗き込むと其処には安産祈願と書かれていた、其れも二つ。男の子が肩にくっつくんじゃないかと思う程更に首を横に傾けた。

「二つも要るん?」

「うん、父さんと母さんの分」

「でえええ!?おとんに安産祈願…!?」

「面倒臭くてつい。あ、でも父さんが西瓜の種を食べて妊娠するなら其れは其れでいいかな」

「あばばばば…色々とアカン!自分のおとんが妊娠とか想像しただけでトラウマや!」

きゃっきゃっとはしゃぐ彼女にげんなりした表情を浮かべ頭を抱える男の子。そんな姿を見て彼女はにっこりと笑顔を浮かべてお名前教えてくれる?と尋ねた。

「志摩廉造やけど…えっ、もしかして」

「名前書いた笹舟を川に流す」

「何で!?何でなん!?」

其処はメルアドやないんかい!と手をわきわきと動かしながら悶絶する男の子を暫く眺めているも、直ぐに飽きたのか彼女は立ち上がった。向こうからバスのエンジン音が聞こえてくる、別れはもう直ぐ其処だった。
バスが止まって入口の扉が開くと無言でタラップに足を掛けていく。扉の閉じる合図の電子音が響くと彼女は勢い良く振り返り腰に手を当てて志摩と名乗った男の子を見下ろした。

「我が名は猿飛佐助!しましまよ、大志を抱け!!」

「えええ!」

ガシャン、と扉が閉まりバスはゆっくりと加速して去ってしまった。バス停のベンチに座った儘ぽかんと呆けた顔をしていた志摩くんはいきなり身体を折り畳み腹を抱えて笑い出した。

「お、俺の事しましま言うた!ちょ、超真面目な顔で!アカン、あのドヤ顔アカン!」

ひいひいと笑いながら立ち上がった彼はたまに咳き込みながら二つの袋を抱えて帰っていった。
一期一会、彼と彼女はもう一生会う事は無いだろうけど互いは互いの事を忘れはしないのだろうな、と何となく思った。
しかしあの彼女は誰なんだろう。何故私の思い出の中に出て来るんだろう。私には其れだけが気になっていつまでも頭の中でぐるぐる回り続けていた。