次に目を開けた時、場所は幼稚園ではなく学校になっていた。私はベランダに立って外から教室の中を見る格好になっていた。教室の中は机が一切無く、真ん中より後ろ側に椅子を並べて小学校中学年位の生徒達が所狭しと座っていた。黒板には白いチョークで交流会と大きく書かれていて、教室の後ろに座る生徒達の表情は心無しか輝いていた。

暫くして教室の扉が開き担任と思しき女性が入って来る。生徒達は背筋を伸ばして教諭の話を聞く姿勢になる。

「私達の学校では毎年京都の小学校と交流会を行っています。皆さんも去年、五年生が京都に行ったのを覚えていますね?今日は京都の生徒さんが私達の学校に来てくれました。皆さん仲良く出来ますか?」

教壇に立った女性教諭ははきはきとした声で生徒達に呼び掛ける。交流会はもう何年も続く恒例行事らしい。教室の端にはカメラマンが控えていてベストショットを狙って早速教諭や生徒達に向かってシャッターを切っている。
元気良く返事をした生徒達に小さく満足気に頷いた教諭はどうぞ、と教室の外へと声を掛ける。カラカラと控え目な音を立てて京都の小学校の生徒らしき子供が数人入って来る。教壇の前に並んで立つと教諭から挨拶をするように言われ、真ん中に立っていた目付きが少し悪い男の子が一歩前に踏み出す。

「京都の小学校から来ました、勝呂竜士です。今日は皆さんと交流出来ると聞いてとても楽しみにして来ました。僕達も色々皆で楽しめる事を考え来たので、放課後までたくさん遊びましょう」

はきはきとした声で挨拶してぺこりとお辞儀をした竜士くんに皆が拍手を送る。竜士くんを筆頭に他の生徒も挨拶をしていき、早速京都の子達が皆で手作りしたという京都の名物を絵に描いて作った絵かるたを始めた。
絵かるたの他にもフルーツバスケットや歌を歌ったり、京都のお祭りで踊ったという踊りを習ったりとあっという間に時間は過ぎお別れの時を迎えてしまった。

「それでは最後にお別れの言葉を代表の人、お願いします」

教諭に指名されて立ち上がったのは幼稚園の時にりんくんとゆきおくんと遊んでいたあの女の子だった。今日は長い髪をゆったりと二つに分けて結んでいる。入って来た時のようにまた教壇の前に並ぶ京都の子達の前に立つと小さく頭を下げてから月並みなお別れの言葉と、また会える時があったら仲良くしてほしいと言って挨拶を終えた。幼稚園の時のやんちゃな所は一切見当たらず、クラスメイトの中にりんくんやゆきおくんの姿は無かった。


「勝呂くん」

瞬きをしようと目を閉じてまた開けた時、いつの間にか夕方の学校の玄関前に立っていた。
私の前にはバスと京都の学校の生徒達と、二つに髪を結った女の子が居た。彼女はバスのタラップに足を掛けた竜士くんの名前を呼び静かに歩み寄る。
驚いたように目を見開く竜士くんに彼女はそっと何かを差し出した。

「センベイ」

「いやこれ蝉の脱け殻やろ!」

「え?あれ、えーと、センダイ?」

「センベツか」

「それだ」

もうお別れの間柄にしてはやけに漫才のような応酬が繰り広げられた。蝉の脱け殻をやるという彼女に要らないと突っぱねる彼。受け取らないと末代まで呪うと断言した彼女にとうとう彼は折れた。何で末代は言えて餞別は言えんのや、とツッコミを入れるのも忘れずに。

「まぁええわ。あっちに虫嫌いの奴おるし、そいつに押し付けたろ」

「故郷に置いてきた嫁さんが居んのかい。案外やり手だねぇ、お前さん」

「おっさんか!」

終わらない漫才に女の子の担任が無理矢理竜士くんをバスに乗せた。ほなな、と手を挙げてバスに乗り込む竜士くんに女の子はバスが見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。

また会えるかは分からないけど、彼女と竜士くんがずっとお友達だったらいいのに。そう願いながら私は再び瞼を下ろしたのだった。