ふと暗かった意識が徐々に明るくなる。外に居た筈の私はいつの間にか柔らかい光を放つ広間の真ん中に立っていた。玩具で遊んでいる園児や本を読む園児、行き交う大人は先程プールで見た顔がちらほら居た事から此処は幼稚園の中だろう。
不意に私の背後から何かが落ちる音と女の子の悲鳴があがる。足が動かない為身体を捻って後ろを振り向いてみると、ゆきおくんのような黒い髪の男の子が興奮した表情でふうふうと肩で息をしながら足元で踞る男の子を見下ろしていた。よくよく見ると踞る男の子はゆきおくんをいじめていたじょうじくんだった。

「てめぇ!またゆきおをいじめやがったな!」

「おまえがバケモノなのがわるいんだろ!バケモノ!」

どうやらこの血気盛んな男の子は例のゆきおくんのお兄さんの"りん"くんらしい。ドンッと勢い良く足を床に叩き付けたりんくんにじょうじくんはびくりと肩を震わせたと同時に広間に居た子供達が悲鳴をあげて逃げ出す。騒ぎを聞き付けた女性の保育士が広間に入って来るも何かを恐れるような目付きでりんくんを見つめる。

「またあの子!?いい加減にして欲しいわ…っ!」

苦々しい表情で呟いた保育士をギロリと睨み付けたりんくんは顔を歪めた儘じょうじくんを勢い良く指差す。こいつはまたゆきおを虐めた。悪いのはこいつだ、と必死に主張するも保育士には伝わらない。ただただ、りんくんが恐ろしい、としか口にしない。
そんなりんくんに強かな笑みを浮かべてじょうじくんを指を差し返す。

「みろ!せんせーみんなおまえのことバケモノだとおもってるんだ!」

「うるせー!だからおれはバケモノじゃねー!」

「かえれー!もうようちえんくるなー!バーケモノ!バーケモノ!」

帰れ帰れと囃すじょうじくんにぐるると動物の様な唸り声をあげるりんくん。りんくんがじょうじくんに掴み掛かり顔を殴ろうして、じょうじくんが悲鳴を上げた瞬間いつの間にか最初に駆け付けた保育士の他にも集まって来たものの、手を出せずに固唾を飲んで見つめていた保育士達の間から何かが飛んで来てじょうじくんの身体に当たった。

「おくびょうもの」

怖がって動こうとしない保育士達にそう言い捨て二人の前に踊り出たのはプールでゆきおくんを助けたツインテールの女の子だった。今日はツインテールをポニーテールにして其の名の通り馬の尾の様に揺らす。

「しゅっしゅっしゅー。わがなはさるとびさすけ!でんせつのしのびであるっ」

「痛ェ!」

どうやら女の子が投げたのは折り紙で作った手裏剣らしい。有名所の忍者を真似て勢い良く手裏剣を投げればじょうじくんの顔や身体に当たり、堪らず悲鳴を上げて保育士達の所へ逃げて行く。
怯える保育士達を尻目に見てりんくんに向き直った。

「きょうはどうしたの?」

「……アイツ、またゆきおのこといじめやがった」

「まじか。しゅりけんしゅしゅしゅのけいだけじゃかるかったなぁ」

「…ゆきおとは、くみがちがうからおれがきづかないとたすけてやれねーし…」

「ふむ。じゃあゆきおさがしにいって、さんにんであそぼう」

どうやら相変わらずゆきおくんは虐められているらしい。うさぎの形をした自分の名札を摘まんでりんくんは実にお兄さんらしい事を言い、其れに同意するように女の子が頷き床に散らばった手裏剣を拾い上げる。プールでゆきおくんにやったようにニッと笑うと、りんくんはその笑顔に戸惑ったような表情を浮かべる。

「おまえさ、おれとあそんでていいのか?おまえもいじめられんぞ」

「そしたらめんたまクレヨンでぬりつぶすから」

「こえーよ!」

「ならめんたましゅりけんしゅしゅしゅのけい」

「そっちもこえーよ!」

グッと親指を立てながら真面目な表情で言い切る女の子に、不安そうだったりんくんがすかさずツッコむ。そうやって二人で笑い合って広場を駆けて出て行った。
その後ろ姿に何だか此方も嬉しくなってしまう。りんくんにゆきおくん、それにあの女の子は本当に仲が良いんだなあ。ずっと仲良しだったらいいのに。…そういえば何だか"りん"という名には何だか聞き覚えがある。遠いどこかで聞いたような…ああ駄目、やっぱり思い出せない。はっきりしない記憶に四苦八苦している間にまたもや私の視界は暗闇に包まれるのであった。