燦々と降り注ぐ太陽が水面を照らしてきらりきらりと白い反射光を作り出す。私は幼稚園の中庭に立って、青とピンクの二つのビニールプールを眺めていた。
園児達が水着姿でボールや玩具を持って遊んでいる。此処は昔私が居た幼稚園だろうか…しかし私にも何の記憶も残っていないので分からない。そして、何故か私の足も石になったかのように動かない。太陽が照り付ける日向に居るが暑さもたまに飛んで来る水しぶきの冷たさも何一つ感じる事が無かった。

「うわぁぁああん!」

高い男の子の泣き声が聞こえてふとそちらを見ると真っ黒い髪の男の子が泣きべそをかいていた。男の子の前には眼鏡を持った男の子が数名。どうやらいじめられているらしい。

「ぼくのめがねっ、かえして!」

「やだね、おまえのにいちゃんなまいきなんだよっ」

ぎゅうと小さな手を握り締めて叫ぶ男の子にフンを鼻を鳴らしてリーダー格の男の子が笑う。どうやらこの男の子のお兄さんの態度が気に入らない、かと言って本人には言えずにこうやって弟をいじめているみたいだ。何だか胸の中が靄にかかったような気分になる。不快、と言うべきだろうか。

「おまえのにいちゃんバーケモノ!バーケモノ!」

「ちがう!にいさんはにいさんだ!」

「バーケモノ!バーケモノ!」

数人で群れを作り個人を攻撃する。なんと見苦しい光景か。兄を化物呼ばわりされて泣き叫ぶ男の子をもう見たくなくて目を逸らしかける。その瞬間、眼鏡を取り上げて悪口を言っていたリーダー格の男の子の顔がびしゃっという音と共に濡れる。

「なにやってんの!おとこがよってたかっていじめるとかバッッッカじゃないの!?」

長い髪をツインテールにした女の子がやたらと立派な水鉄砲を持って立っていた。その子を見るなりいじめグループの表情が真っ青になっていく。

「い、いや!ちがう!これは…」

「じょうじ!ごちゃごちゃいうな、みぐるしい!」

シュコシュコとエアーポンプに空気を溜めて勢い良くいじめっ子達に水鉄砲を当てていく。ぎゃあぎゃあ騒ぐいじめっ子達に女の子はつかつかと近寄りじょうじと呼んだリーダー格の男の子から眼鏡を奪い取る。そして水鉄砲を顎下につきつけ幼稚園児と思えない腹黒い表情を浮かべじょうじくんを睨みつける。

「"りん"がいないからってゆきおいじめんなゴルァ」

「ヒィィイ!おまえ、バケモノのみかたすんのかよ!」

「うるさい!つぎに"りん"をバケモノよばわりしたらじょうじのめんたまクレヨンでぬりつぶしてやる!」

女の子はその見た目に関わらずえげつない言葉を吐き掛ける。脅しにも似たクレヨン宣言と女の子の迫力に恐れをなしたのか、いじめっこ子達は散り散りになって逃げていった。
フンと鼻を鳴らして女の子はゆきおと呼んだ男の子と向き合い眼鏡を手渡す。涙と鼻水を拭いて立ち上がり眼鏡を掛けたゆきおくんは何だか見た事がある顔だった。何処かで確かに見た覚えがあるのに、誰なのかすら分からなかった。

「"りん"がいないからっていじめるのはひきょーだよ。だいじょうぶ?」

「ごめん…」

「あやまるなよー。あたしのめのくろいうちはゆきおをまもったげるからさ!」

「う、うん。…ありがとう」

ニッと歯を見せて笑う女の子にふにゃりと表情を和らげたゆきおくんは女の子から水鉄砲を借りて玩具に当てて遊び始めた。其れを見て胸の中に漂っていた靄が晴れていくのを感じる。良かった、ちゃんとお友達が居て。

これがもし私の過去なのだとしたら、"私"は何処に居るのだろう。きょろきょろと辺りを見渡していると遠くから慌てた様子の保育士さんが走って誰かの名前を呼んだ。その声にゆきおくんと遊んでいた女の子が反応を示して……私の視界は急に真っ暗になった。