勝呂双子妹設定

主賓がいない宴は盛り上がりに欠けるかとも思ったが酒の力を借りた上に旅館を貸し切りともなれば大人達のテンションは上がっていくばかりだ。
あちこちで酒盛りが成され騒がしい宴会場を盆に乗せた椀を持って通り過ぎて行く。しとしとと降り注ぐ雨が幾らか此処最近続いていた暑さを和らげてくれる。宴会場から大分離れた客間の襖をすらりと開ければ布団に横になっていた人物が気だるげに瞼を押し上げ私を見上げる。言い付けを守ってちゃんと寝ていてくれたらしい、襖を閉めて布団に近寄ればぱさりと額に乗せていたタオルが枕に落ちる。

「食欲ある?お粥作ってきたんやけど」

「…食べます」

枕に落ちたタオルを桶に沈め、辛そうにしながらも上半身を起こす蝮の膝元に盆を置いて蝮に隣に腰を下ろす。開いた儘の襖から聞こえて来るしとりしとりと穏やかに降り続く雨の音を聞きながら粥を口に運ぶ蝮の姿をぼんやり眺める。六月四日。今日は蝮の誕生日で宴会場には本来蝮が居るべきなのだが、体調を崩し熱を出してしまい女将に無理矢理この部屋に引き摺り込まれ絶対安静を言い渡されていた。

「珍しいね、蝮が体調崩すなんて」

「……」

半分程粥を食べてから匙が全く動かなくなったので盆を回収して薬とミネラルウォーターを差し出す。無言で其れを嚥下するのを見届けてから再び布団に寝かせタオルを絞って蝮の額に乗せる。蝮の唇が何かを言いたげに開いたり閉じたりを繰り返すので頭を撫でて宥めてやる。私と兄が産まれてからずっと一緒に居たからだろうか、蝮が言いたいのか分かってしまう。

「蝮。あんまり無理したらあかんよ。自分の身体をもっと大事にして」

熱があるせいかうとうとと微睡む蝮に控え目な声色で声を掛ける。眠りに片足を突っ込んだ状態の蝮からの反応はなく、頭を撫でる手を止め袂から小さな包みを取り出し枕元にそっと置く。蛇があしらわれた細身のブレスレットは蛇が好きな蝮ならばきっと喜んでくれる筈だ。
何故蝮に誕生日を祝う言葉より身体を大事にするよう声を掛けたのかは分からない。蝮や柔、金、兄達と違い私はただの常人ありエクソシズムの知識は全く無いというのに不思議と何となくこうなるだろうな、と先を見通せる時がある。ぼんやりとしていて鮮明ではなかったが、蝮が何らかの陰謀に巻き込まれその身体に深い傷を負うイメージが最近任務中の蝮を見る度に頭の片隅をちらつくようになていた。
私達を、明陀を慕うが故に父のやり方に疑問や不安を抱いている蝮故に、蝮は黒き陰謀の渦へと巻き込まれその中心に佇む事になるのだ。

盆を持ってなるべく音を立てずに客間から出ると壁に寄り掛かりながら床に胡座を掻く柔造の姿があった。柔、と名を呼べば一家揃って似ている眠たげな目元が私をまっすぐに貫く。ぎしりと音を立てて立ち上がった柔は椀に半分残った粥に眉を寄せる。その表情は蝮が体調を崩した時に必ず浮かべているのに、何故か他の皆の前では何でもないような顔をしているらしくこの険しい顔は私しか見る者がいない。
柔曰く私だからこそかもしれないと言っていたが、その言葉の意味を知るには未だ至っていない。

「蝮は変わらないね、寺も旅館も明陀も愛しとる。だからこそ、だからこそや、柔。ちゃんと蝮を見たって」

「……」

「起きたら旅館の事は気にしなくてもええからって言うといて」

恐らく蝮が再び目を覚ますまで近くで見守っているのであろう柔の横を通り過ぎて、台所へと向かう為に廊下を進んで行く。椀を片付けたら宴会場に行って蠎に蝮の様子を報告してからそろそろ母も手一杯であろう酔っ払い達の酌に回ろう。
屋根や窓を濡らす雨が止む気配はまだ感じられないがそれでもいい。雨が好きな彼女が目を覚ました時に雨音を聞きながら暫しの休息を取って欲しい、そう願いながら喧騒にまみれる宴会場の襖を開いた。

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