おっさまが去り柔兄の突然の告白に呆然としていた坊や子猫丸も廉造に呼ばれてどっかに行ってもうた後も、柔兄達がおとんや宝生家と向かいあっていた部屋ではやんややんやと第三者達の喧騒が響き渡っている。隣室の祝福ムードに反してこの部屋ではひたすら、ただひたすらに泣きじゃくる部屋着姿の名前先輩の姿があった。

「う、うっ、まむし、まむしぃいいっ!いたかったね、くるしかったね、うわぁああ」

「せ、先輩…あては、もう大丈夫ですからそんな泣かんといて下さい…っ」

「…蝮の右目はもう治らないの?」

いつもの團服姿ではなく着物へと腕を通し、長く垂れる髪を緩く結っている蝮をぎゅうと強く抱き締めた先輩はひくひくと痙攣する喉にも気を向ける事なく俺と柔兄へと縋るような視線を向けてくる。真っ赤になった目元や鼻先、頬はいつもの飄々とした態度からは全く想像が出来ない。…先輩は蝮や俺、柔兄が任務で比較的重傷にあたる怪我を負ったりするとこうやっと取り乱し、怪我人を抱き締めて時間が来るまで子供のように泣きじゃくる。今日の対象は蝮で、藤堂に唆され不浄王の右目を盗み直接身体に取り込んだ事により右目に重い魔障を受けその目は今白い眼帯に覆われている。そんな蝮の身体に腕を回し眼帯を指先でゆるりゆるりと撫でながらぐすぐすと鼻を鳴らしている先輩に柔兄がぼんやりとした表情で問いに正直に答えた。

「元には戻らん、とは蠎様が」

「うっ、うぇえっ、現代医学の馬鹿ぁあああ!うわああん、蝮ぃいい」

「……余計な事言いなや、申」

「……すまん」

称号剥奪、除團処分。右目と皆への裏切りを対価に藤堂の野望の片棒を担いだ蝮には当然と言えるべき処置が下されるやろう。しかしこいつもこいつで藤堂にある事ない事吹き込まれ挙げ句捨て駒扱いされ処分されかけた。そういった意味ではこいつもある意味被害者なのかもしれへん。幕を引いても悲劇は終わらず誰かが傷つき、誰かが嘆き、誰かが恨む。そうして世の中は終末の無い輪廻を繰り返していく。

「先輩、だからいうて今回の件悪い話ばっかとちゃいますねん」

「柔造のお馬鹿!悪い事ばっかりだよ!蝮の右目はもう、もっ、うぅ、嫁入り前にこんな傷作ったらお嫁に行けないじゃんかぁああ」

目の前の三人はまさに悲劇の輪廻の縮図やった。藤堂の駒となり右目を犠牲にした蝮は傷付き、無力な名前先輩はさめざめと涙を流して嘆き、瀕死の蝮を抱えた柔兄は藤堂に対して剥き出しの怨みを抱えた。俺はといえば怒りも悲しみも浮かぶ事はなく、ただ嘆く先輩が綺麗で可愛くて愛しいとしか感じひんかった。

「おん。…せやから、俺が貰う事にしました」

先程俺や青、錦、おとんや蠎様に外野として子猫丸、坊に和尚を交えた数人に伝えられた柔兄と蝮が籍を入れる事にしたという話。俺は勿論おとんや蠎様も驚いて一度は宥めたが、柔兄は聞く耳を持たず挙げ句「俺は本気や」言うて蠎様に頭を下げた程。蝮も蝮で満更やないみたいな態度で最終的には蠎様も頭を下げ許可を下しとった。互いにいがみあって顔を合わせた日には錫杖や蛇が飛び交う喧嘩が日常茶飯事だったこの二人の結末には誰もが驚くだろうが、先輩は意外にも顔色一つ変えずに涙を拭いながらそう、とだけ答えた。

「ずっと喧嘩ばっかりだったけど、互いに互いの事は何でも知ってますって感じだったし。柔造が卒業した後、蝮ちょっぴりさびもごごご」

「先輩!余計な事言わんで!」

「ほお…さび、なんやて?」

蝮に両手で口を押さえられ言葉を遮られながらも先輩はいつものようにへにゃへにゃとした笑みを浮かべていた。いつもより少しだけ違う雰囲気を纏った口喧嘩をぼうっと眺めていると膝立ちになってこっそり蝮から離れた先輩が俺の横に座って呆れたように溜め息混じりの息を吐き出した。

「不浄王だっけ?今回の悪魔はかなり大物だったらしいね。金造も前線でいっぱい頑張ったって聞いたよ、大した怪我もなくて良かった」

「……名前の通り、不潔なヤローでしたわ。やれ菌は増殖するわ、やれ息くっさいわ。ま、金造様がまとめて熱殺菌したりましたけど」

エチケットなってないなあ不浄王、とくすくす笑いながら俺が会話に加われなかった分いい子いい子と頭を撫でてくれる先輩に結局は柔兄も蝮も勿論俺も、誰も勝てないのであった。

「そういえば金造、私柔造の誕生日に柔造の嫁候補としてお母様にご挨拶したんだけどこれからどうすればいいんだろう」

俺は何も言わず痴話喧嘩中の柔兄の顔を一発殴りに行った。返り討ちにされた。先輩は苦笑いを浮かべながら「時間」が来るまで膝枕をしてはった。傷付いた先輩に柔兄が嘆いて俺が怨むとしたら、俺は何を怨めばええのやろう。
答えが見つからない儘、俺と先輩が出会って五年目の夏が通り過ぎていく。

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