◎SSS 神出鬼没夢主

「蝮!蝮だ蝮!蝮蝮蝮!」

「や、やめっ、せんぱっ」

これは、どういうこっちゃ。
出張所から帰ってきて、居間の扉の向こうにおったのは決して仲は良くないと互いに認める程にいがみあっている腐れ縁と、そいつを押し倒している昔と変わらん姿形の高校の先輩やった。

「先輩、何でうちに居るんですか」

「あ、柔造おかえり邪魔すんな帰れチッ」

わたわたと慌てる腐れ縁の腹に馬乗りになった先輩の首根っこを掴んで引き剥がしたら舌打ちをされた。そんなに蝮がええか、ちゅーか蝮の何処がええのかさっぱり理解出来ん。
そそくさと帰っていく蝮の背中を名残惜しげに眺める先輩を一瞥しつつ俺は一旦部屋に戻り部屋着に着替える事にした、のだが。

「ベッドの下に隠すとは金造も典型的ですな!」

玄関に居た筈の先輩は俺の部屋に居て、ベッドに座って金造の部屋から引っ張り出してきたらしいエロ本を読んできゃっきゃっとはしゃいでいた。学生時代にいつも見ていた正十字学園高等部のブレザーにスカートに白いハイソックス姿でエロ本を読む姿は何処からどう見ても普通の女子高生にしか見えへん。

「没シュート」

「あひん!」

「何しに来たんすか、先輩」

「やだなぁ、柔造に会いに来たんだけど」

「は、」

柔造と蝮と金造の友達ですって言ったら入れて貰えたよ、と言ってにこにこと笑う先輩を見下ろして俺は頭の中で今の状況を整理していく。先輩は今俺の家に居る。先輩は俺に会いに来た。蝮に引っ付き金造に懐かれとる先輩が、俺に、会いに。

「どうした柔造。やっぱり柔造の将来のお嫁さん候補です!って言っときゃ良かった?」

「ぶふっ!や、辞め…っ、それは洒落にならん…!」

「えっ」

「あっ」

正直、金造や蝮らに比べると俺は先輩に好かれてへんなあと思っとったせいか。どういう反応をすればええのか分からず、顔に熱が集まっていく。ええ歳の大人が高校生の言葉で赤面とか有り得んやろ、口元を覆って赤い顔を隠していると先輩はくすりと微笑みを浮かべた。

「柔造は変わってないなあ。大人になったのに昔と一緒」

「……っ、…名前、先輩」

ちょいちょいと手招きして子供に施すかのように俺の頭をゆっくりと撫でながら先輩は子供の成長を喜ぶかのように、身内の入学や卒業を祝うかのように浮付いた声色で昔の俺と今の俺を重ねる。

「俺、これでもモテるようになりましたよ」

「えっ、うそ」

「何か、色々。手紙貰ったりとか告白とかようされます」

「え、えええー。何かやだなあ、やっぱり柔造の嫁候補って名乗れば良かった」

「えっ」

取っ替え引っ替え?と首を傾けられたのでそんなわけないやろと首を横に振ると硬派だねえ、とふにゃりと破顔して頭を撫でられた。ちゅーか、高校生に頭撫でられる男て何やねん。隊服の儘先輩の膝下に座っとる俺、何やねん。
不意に居間からおかんが俺と先輩を呼ぶ声が聞こえた。玄関が騒がしくなって金造とおとんが帰って来たんが分かった。おかんが先輩が来とる話をしたのか金造が一際明るい声をあげて俺の部屋へ向かおうとしておとんに叱られる声がする。俺の髪を弄って遊んどった先輩は廊下から聞こえる金造の声にふわりと微笑んでから立ち上がる。思考を放棄して膝に頭を乗せていた俺の頭も自然と持ち上がる形になる。そして、同時に理解もある。ああ、『時間』なんやな、と。

「もう行くね」

そう呟いた先輩の表情は高三の卒業式の日。式に参加せず廊下でぼんやりしていた先輩に声を掛けた俺に向けたものと寸分違わぬもの。哀愁と羨望、そして諦観。
苦しんでいる、悲しんでいる、諦めかけている。分かっていても俺にはもう手の施しようがなく、ただ黙って傍観する事しか出来ない。

「誕生日おめでとう。私からのプレゼントは柔造の嫁への立候補って事で。お父さんにご紹介よろしく」

ぴっ、と人差し指と中指を立てて爽やかに笑った先輩はその儘背景に溶け込むように消えてしまった。阿呆や、言いたい放題言いよって逃げた先輩はほんまもんの阿呆や。旦那の実家に一時間しか帰省出来ん嫁なんざいらんのです、名前先輩の阿呆。

「他人の事考えよる前に自分の心配しろ阿呆」

俺は救えなかった、助けを求める声は聞こえず、伸ばされた手を掴む事が出来なかった。それでもこうやって俺を慕って会いに来てくれる。俺の頼み通り蝮や金造の面倒を見てくれはって、今は廉造や坊の面倒を見てくれとる。
何処までもお人好しな先輩が愛しくて、恋しくて。でも見ているとその優しさが悲しくて、悔しくて。廊下から金造が俺の部屋に向かっとる足音を脳味噌の隅っこで聞きながら床にぽとり、一粒涙を零した。

box|誤字脱字報告|TOP
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -