・双子シリーズ

十二月二十七日、クリスマスを少しだけ過ぎた今日は私の誕生日。と、同時にやんちゃな悪魔の兄と眼鏡クールなもう一人の兄の誕生日でもある。
ちらほらと雪が舞い散る外の景色を窓から眺めながら私は首をぎゅるるんと捻ってパーカーのフードの中で微睡むクロを視界の隅に収める。学校は既に冬休みの為私は学校に行く予定は無いが兄二人は今日も今日とて塾へと授業をこなしに行っている。

「まだかな、まだかなあ」

悪魔で長兄な燐兄からなめくじが這った跡のような字が綴られたメモを貰って近くのスーパーまでお使いに行ってから早二時間。まだ昼を過ぎたばかりでたった一人――と一匹――で二人の兄が帰って来るまで待つのは些か退屈過ぎる。
今日は誕生日なのだから、少しくらいの我が儘は許されるのではないだろうか、ふと私の心の中にとあるアイディアが芽生える。窓から離れてコートを羽織るとパーカーとコートの間で潰れたフードの中から不満気に鳴き声をあげてクロが顔を出して来た。

「クロ、燐兄迎えに行こう」

「くしゅっ」

むずむずと鼻を動かしてくしゃみを一つ漏らしたクロをフードから引っ張り出すとブランケットに包んでベッドに置いておく。クロが風邪を引いたら動物病院に連れて行かなければならないし、病院に連れて行くのは自然に私になる。外を駆け回るのは好きだが動物の病院だろうと病院の、あの白いすぎる空間があまり得意ではないのでなるべく病院には連れて行きたくない。

「行って来まーす」

部屋着の上からコートを着て、マフラーで首周りを包んでから玄関を出て寮の施錠をして、六階にある私の部屋の窓を見上げて小さく呟き薄く地面を覆う雪を踏みしめ学園へと歩みを進めた。
裏道というには少々傾斜が急な階段を上がり学園の裏にある用務員室へと辿り着く。燐兄と雪兄に授業が終わったら塾の中庭に来るようメールを送ってから用務員室の鍵穴に塾へと繋がる鍵を差し込む。この鍵は決して不正をして入手したわけではなくきちんと塾長であるメフィストさんから貰ったものである。

扉の向こうは埃っぽい用務員室ではなく真っ白に塗り変えられた噴水付きの中庭だった。どうやら誰も立ち入りしていないらしく私の踝が簡単に沈む雪のカーペットには誰の足跡も残っていない。
雪玉を作って転がしてみればそれは容易に周りの雪を巻き込んで質量を増やしていく。

「燐兄達が来るまで雪だるまでも作るかあ」

綿雪がほろりほろりと舞う中私は雪玉を追い掛け回して雪だるま作りへと没頭していった。



「いたい」

真っ赤になった指先に息を吐き掛けると内側からむず痒い痛みが広がってくる。掻き毟りたい衝動に駆られるのを我慢して手の平同士を擦り合わせて太股の間に挟める。噴水の縁に座る私の目の前には大きくしたまではいいものの大きさせすぎて持てずに雪だるまの成り損ないとなった二つの雪玉が転がっている。
携帯を確認すれば時刻は四時を少し過ぎた所で塾の授業が何時に終わるから知らない私はどうする事も出来ずに水面に薄く氷の膜を張る噴水を見下ろしていると、遠くの方から雪をさくりと踏みしめる音が聞こえたので顔を上げてみるとはあ、と白い息を吐き出して此方を見つめる制服姿の燐兄と祓魔師の制服である長い黒コートに身を包んだ雪兄の姿があった。

「変なメール寄越したと思ったら…何しに来たの?」

「迎えに来た」

「馬鹿か!風邪引いたらどうすんだ!」

「燐兄の妹なんだから、風邪なんか引かないよ」

大股でざくざくと雪を踏みしめて歩み寄って来た燐兄の足跡の上を雪兄が辿るように歩いてくる。後ろに流したマフラーの片っ端のぼんぼんを燐兄に捕まれた上に耳元でがなられて私は咄嗟に両手で耳を押さえる。雪を素手で触っていたせいで突き刺すような冷たさが耳へと伝わっていき、思わずぶるりと身震いしてしまう。
やっと私の所に来た雪兄がもう片方の私のマフラーの端を持って引っ張って来るものだから私の首が締まっていき、その息苦しさに思わず固く目を閉じた。

    スノーマン
「うお…雪男でも出たのか、此処」

「どうせ名前が作ったんでしょ。ほら、手真っ赤」

「あー!テメッ、馬鹿!」

「あぁああ…燐兄の手あったかい…!」

耳を押さえた私の手の上から燐兄の手が重なり、その温かさに思わず表情が緩んでしまう。安いファッションセンターで購入したダウンジャケットの中から自分の手袋を出した燐兄は私に手袋を押し付けて何処かへと行ってしまった。
どうやら貸してくれるらしい、有り難く左手に篏めていると隣に居た雪兄が抱えていた鞄から黒いイヤーマフラーを取り出して私の耳に付けてくれた。雪兄も防寒具を貸してくれるらしく、ありがとうと呟けば返事代わりに多分真っ赤になっているであろう私の鼻先をつつかれた。

「兄さん、何してるの」

「ふぎぎぎ…マジ重ェ!名前ッ、お前どんだけ転がしてたんだよ」

「二時間位」

「名前は兄さんと似て馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、まさかここまでとは…」

私達が仲良く腕を組んで中庭を出て行く頃にはバラバラ殺人事件の被害者になっていた雪だるまは燐兄によって身体に頭を乗せてもらい、雪兄がその辺の枝を手折ってくれた事により手を得たのであった。めでたしめでたし。


少ない小遣いを何とかやりくりしている為、夕飯はいつもと変わらないものの料理の端々には星形にくり貫かれた人参のグラッセや私のだけハート型に成型されたハンバーグが細やかな誕生日祝いを表している。毎年恒例である誕生日が長期休暇で落ち込む私の為を思ってやってくれたのだろう、燐兄からの遠回しな気遣いが嬉しかった。

「それじゃあ、始めようか。各々例のアレを前へ」

「はい」

「おう」

夕飯の片付けを終えて燐兄と雪兄の部屋の真ん中で正座をして輪になる私と燐兄を一瞥した雪兄に促され私達は各々用意した小さな包みを前へ出す。
これも毎年恒例の行事、プレゼント交換。修道院にいた頃から誕生日はクリスマスと一緒にされクリスマスケーキがクリスマスプレゼントであり誕生日プレゼント代わりだった私達は、小学校の頃にはクリスマスプレゼントは誕生日プレゼントではないという衝撃的事実を知ってから始まった毎年一度の兄妹間の細やかな楽しみである。
プレゼントは何でも良し。文句は絶対に言わない。このたった二つのルールの下、私達は持ち寄ったプレゼントをハッピーバースデーの曲を歌いながら隣に回していき、曲が終わった時点で持っていたものを自分への誕生日プレゼントとした。最初の頃は押し花を貼って作った栞だったり近所のおじさんから貰ったするめのゲソだったりと子供らしい顔ぶれだったものの、年を追う毎にプレゼントはネタ化していった。因みに昨年は雪兄が十円ガムの当たりくじ、燐兄がマグネットピアス、私が数学の参考書だった。誰がどのプレゼントを用意したのか直ぐに分かってしまう辺り私達兄妹がどんな外面が似通っていても中身が違う事を証明しているような気がした。

「じゃあ回すよ。せーの」

「ハッピーバースデートゥーユー」

「ハッピーバースデートゥーユー」

「ハッピーバースデーディア…」

「燐兄ー」

「雪男ー」

「名前ー」

「ハッピーバースデー」

「トゥー」

「ユー…」

全て歌い終えた所でプレゼントを回す手が止まる。私の手元にあるのは雪兄が出した黒い包装紙に包まれたプレゼントだ。燐兄は私の、雪兄は燐兄のプレゼントを持っている。何だ、去年と同じ配当か。

「ねぇ、開けていい…?」

「また兄さんのか…」

「俺だってピアスはもうごめんだっての…」


「「「あ」」」


各々がさがさと包装紙を取り払っていき膝の上にぽとりと落ちた物に全員が揃って声を漏らす。それもそうだ、私達の手に握られているのは。

「…手袋」

「手袋だね」

「お前等も手袋、選んだのか」

デザインは違えど男女兼用のような黒い手袋が各々の手中に収められていた。プレゼントが全員同じだなんて交換会を始めてから初めての事で、暫し呆気にとられて手元の手袋を見つめていると。
くすり。隣に座っている雪兄が呆れているような、嬉しそうな微妙な表情を浮かべて吹き出したのを皮切りに私と燐兄もぷぷ、と小さく笑いを漏らし、やがてそれは大きな笑いへと変化していく。
燐兄に寄り掛かって皆で腹を抱えて笑いながら私は頭の隅っこでぼんやり考える。明日からはこれを使おう、って。
私達が修道院を出た初めての誕生日は小さくて、だけど豪華な料理やプレゼントでは得られない確かな幸せに満ち溢れていた。

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