・夢主は予知夢少女。夢でちょっとだけ未来が見れます。
・勝呂の彼女設定。

8月20日の夜。私は今、男子寮の前で勝呂くんと待ち合わせしている。今日は土曜日だけど勝呂くんは祓魔師を目指す為に塾に通っているから、会えるとなるととっぷりと日が暮れた夜、しかも門限である十時までのほんの少しの間になってしまう。…でもこの展開は正直"視えて"いたから仕方ないと割り切ってしまった。

私は夢を使って少しだけ先の事をを見る事が出来る。昔は無作為にちょっとした事ばかりだったけど、最近はコントロールする術を身に付けてあれこれの未来を見たい、と念じるだけで指定した物事の未来が見れる。体調によって外れる時もあるし、範囲も私の身近にいる人だけで流石に政治や世界情勢の未来は見る事は出来ない。単純に力不足なんだと思う。
そして私は今日、お付き合いしている勝呂くんの誕生日の様子を少しだけ覗き見してきたのだ。

「待ったか」

「ううん、塾お疲れ様」

Tシャツにハーフパンツというラフな格好で寮から出て来た勝呂くんに心の中でほっと安堵する。良かった、服装も夢で見た通りだ。
此処だとなんやから、と人目を避けるように寮の横に連れて行かれる。二人並んで石段に座るとほんのりと勝呂くんの頬が朱に染まった。彼女を作るのは私が初めてらしく実に初々しい反応を見せてくれて逆に微笑ましい。
確か"夢"ではこの私達の様子を志摩くんがこっそり覗いていた。そして勝呂くんをからかう為に携帯のカメラを向けてシャッターチャンスを狙っていた。夢から覚めた瞬間私の脳裏に浮かんだ感想は「パパラッチか」だった。

「夏休みももう終わりだし、寮も大分賑やかになってきたんじゃない?」

夏休みが始まった頃は里帰りした生徒が殆どだった為まったく人が居なかった女子寮も、夏休みが残り僅かとなれば自然とまた人が増えていく。男子寮も同じ状況らしく勝呂くんはこくりと一つ頷いて答えてくれた。

「……」

「…どうしたの?」

「いや、…ちょっとな」

珍しく黙り込んだ儘の勝呂くんに首を傾け問い掛けてみると煮えきらない返答が。私の心の中にむくりと不安が芽生える。もしかして私と一緒にいるより、志摩くんや三輪くんと一緒の方が良いだろうか。それとも勉強に集中したいのかな。どちらにせよ私は邪魔なのかもしれない。夢ではそんな事なかったのに、ぐるぐると巡るネガティブな考えを静止させるように勝呂くんが口を開いた。

「きょ、今日…」

「え?」

「服、かいらしいな…って…」

ガシガシとピンで前髪を留めた頭を乱雑に掻きながらそっぽを向く勝呂くんとトマトみたいに顔が真っ赤になってしまった私に草むらの奥で志摩くんの笑い声が微かに聞こえる。今日の為に雑誌を隅から隅まで調べ尽くして研究してきた甲斐があった。小花柄のピンクのワンピースの裾を握って、ポシェットから包装された誕生日プレゼントを取り出す。赤い顔を覆って隠している勝呂くんに差し出すと草むらから控え目なシャッター音が聞こえた。

「勝呂くん、誕生日おめでとう!」

「あ、ありがとお。…開けてもええか?」

「え、恥ずかしいよ…」

嫌がる私を余所に、包みを開けた勝呂くんの手にブラックメッキ製の梵字ネックレスがぽとりと落ちる。驚いたような表情の勝呂くん、サプライズは成功したようだ。思わず浮かんでしまうニヤケを隠すようにうつむくと、チャームに使われている梵字に見覚えがあったのか勝呂くんが小さく呟く。

「"サク"の梵字…?」

「わ、やっぱり分かる?凄いなぁ、私梵字全部一緒に見えちゃって大変だったよ。梵字って沢山あって各々意味があるんだね、凄いなぁ」

ワンピースの上から羽織った白の薄い生地のカーディガンを手繰り寄せて笑うと、勝呂くんが僅かに微笑んでくれた。おおきに、と言いながら留め具を外す手に自分のを重ねて付けてあげると囁けば、おんと小さな返事が返ってきたので私は膝立ちになって勝呂くんの首の裏に腕を回した。

「あれ?うーん…」

「……っ、…」

なかなか留め具が引っ掛からずにもだもだともたつく。ごめんねと前置きして身体を密着させれば私が勝呂くんの頭を抱き寄せている体勢になり、私の胸元にいる勝呂くんが息を呑むのが分かった。
何とかネックレスを付けて離れようとすると、いきなり背中に腕を回されて今度は私が胸元に抱き寄せられてしまう。なななな何だこれ!私の夢の中では、この後志摩くんがパパラッチしてるのに気付いた勝呂くんは怒り猛り志摩くんを追い掛け回す筈だったのだが、現実は私が視たものと全く異なっていた。

「わっ!す、勝呂くん…!」

「……名前が悪い。わざとか思たわ」

「え!な、何のこと…?」

毎日の早朝ランニングで鍛えあげられた勝呂くんの肉付きの良い身体を堪能する余裕もなく、勝呂くんが私を抱き締める理由を必死に考える。

「お前がくっつく度ええ匂いするんや。…あんま煽んな、その、我慢…出来ひんくなる」

予知夢が外れた。そう気付いた直後に勝呂くんからとんでもない言葉が投下され、思わず私の頭から思考や感情が丸ごと家出してしまった。…我慢ってなんだ、勝呂くんは一体何を我慢しているんだ。
勝呂くんの胸の中でそんな事ばかり考えいると不意に私の後頭部がゆるりと撫でられ、顎に指を添えられ上へ持ち上げられる。どうしたのか問い掛けようと唇を開くも声を出す事は叶わなかった。
一瞬何が起こっているのか分からなかったが視界いっぱいに広がるのは間違いなく勝呂くんで、唇には柔らかいものが当たっていて。
これはもしかして、もしかするとキスというものではないでしょうか…!


この後私は勝呂くんから前置き無しでいきなりのキスをされた事と、草むらから響く志摩くんの携帯のカメラのシャッター音により羞恥メーターが限界を越え意識を飛ばしてしまい、男子寮内の勝呂くんの部屋へと運ばれた挙げ句『寝顔がたまらん』という理由で今度は更に濃厚なキスを施されるという非常に恥ずかしい思いばかりする一日になってしまったのだった。

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