・SSSの神出鬼没夢主

いつも人で賑わう虎屋旅館も今日は一段と騒がしい。着物姿の女性や作務衣姿の男性が慌ただしく廊下を行き交い、広間では大宴会がひらかれ誰かが酔っ払って腹踊りでもしているのか手拍子や野次も聞こえる。冬が間近に迫った夜空はきんと冷えるような寒さで吐く息も白い。京都は日本の真ん中より左側にあるのに何でこんなに寒いんだろう。ユニクロ製のダウンジャケットを抱き寄せ身体を縮めながら私は虎屋の中庭にある松の枝の上で膝を折り畳んで身体を縮こませた。
暫く待っているとげっそりとやつれた表情を浮かべた金造が宴会場から出て来てどたどたとみっともなく音を立てて廊下を進んでいく。その足音はまるで俺は此処に居ると言わんばかりに床板を蹴るものだから私は思わず吹き出してしまう。案外響いた笑い声は金造の耳にも届いたのか中庭をぐるりと見渡して私の姿を認めるとぱあっと顔を輝かせて素足の儘此方へと走り寄って来た。寒くないのかな、阿呆だから大丈夫なのかも。

「名前センパイ!来とったんですか!」

「そりゃあ可愛い後輩の誕生日だしねー」

「めっさ久しぶりですやん!此処来てから誰とも会うてへん?」

「会ってないねぇ」

矢継ぎ早に飛んでくる質問に自分のペースで答えを返していくと最終的にほな俺が一番乗りやという結論に落ち着いたらしく、両腕でガッツポーズをしながら喜ぶものだからそんなに嬉しかったのかと呆れてしまう。金造は高校の頃の後輩でやたらと私に懐いてくるものだから一時期付き合ってるんじゃないかと周りに邪推される時もあった。金造が私に懐いていたのは兄である柔造からこいつはおもろいからと言われ続けていたからだ。
柔造は私が高校三年の時に入って来た後輩で、昔購買でたまごロールを巡り壮大な闘いを繰り広げてからすっかり懐かれてしまっていた。二年経って柔造は私と同じ三年生になって家督を継ぐ者として京都へと帰っていった。一年後に三年生になった蝮もまた家を継ぐ為に京都へと帰った。
それから三、四年後、金造が卒業してもまだ私は高校三年生の儘で、五男坊である廉造や勝呂が入学してきてもやっぱり三年生の儘だ。
先日に柔造から突然電話が掛かってきたと思えば先輩の高校三年生はもはや職業やなと笑われた事も記憶に新しい。「忙しいねぇ。バンドのメンバーに祝ってもらった後の出張所の皆にこうやって祝われて」

「メンバーはともかく、出張所の奴等はただ騒ぎたいだけやろ」


「いいなあ蝮とわいわい出来て」

高校の頃の蝮は可愛かった!止めようとする柔造を無視して抱き付く度に顔を真っ赤にさせて照れる蝮はすごく可愛かった。私が男だったら絶対蝮にアタックしてた。蛇が友達だなんてサッカーボールや愛と勇気が友達とか言ってる輩より数倍魅力的だ。周りが離れていこうと好きなものの主張を貫徹する所が彼女のいい所だからこそ私は蝮は好きなのだ。
蝮可愛いよ蝮、と自覚出来るくらいうっとりした顔で呟けば松の木の根本で私を見上げる金造はあからさまに嫌悪を示す表情を浮かべた。

「…蝮に会うたらええですやん」

「拗ねるなよー。今日は金造に会う為に来たんだからさ、顔だけ見れただけで良かったわ」

枝の上に立って勢い良く旅館の塀へと飛び移れば歪んでいた顔が一瞬でしょんぼりとした表情へと変わる。まるで飼い主に置いてきぼりにされる犬のようだと考えながらダウンジャケットのポケットに手を突っ込み小さな包みを取り出すと金造に向かって投げ付ける。軽い音を立てたそれは重力に従って地面へと落ちていく途中で反射的に反応した金造の手中へと収まった。

「ヘアピン系男子の金造くんには新しいヘアピンを贈呈します」

「マジすか!毎日付ける!」

「イチゴのヘアピンだけど」

「……」

残念そうな表情を浮かべて包みを見つめる金造に毎日付けてねと手を振って目を閉じ、塀の向こうへと身体を投げ出す。先程金造に当たった包みのように重力に逆らう事なく地面へと落ちながらきらきらと色とりどりの星が煌めく綺麗な夜空を見上げていると金造の焦ったような声が聞こえる。
ただ「帰る」だけなのに馬鹿だなあ、口元に笑みを浮かべて目を閉じれば冷たい外気も金造の声も徐々に消えていった。


ぱちりと目を開くと二人部屋を一人占領している寮の自室のベッドの上で寝転がっていた。枕元の携帯を手に取り時間を確認する。うん、タイムラグは起こってないみたいだ。
メールを立ち上げ伝え損なった祝いの言葉を金造のアドレスに打ち込んでいく。

ヘアピン、あれはただのフェイクだ。本命のプレゼントである黒のマフラーは虎屋旅館の玄関に「きんぞうくんへ」って書き置きを残して置いてきたから今頃女将さんが拾って金造に渡してくれている筈だ。
携帯を握った儘身体を起こして窓際に歩み寄り空を見上げるも、京都で見たものより綺麗ではなくて少しがっかりする。空を見上げた儘メールの送信ボタンを押してベッドへと放り投げた。


翌日。柔造から届いた黒いマフラーとイチゴのヘアピンを付けて出張所に出勤して八百造さんに怒られている金造の写メを見て授業中にも関わらず大笑いしてしまい、八百造さんのような顔をした担任に怒られる羽目になってしまった。

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