割れた窓ガラスから吹き込む秋風が汗ばんだ肌を撫でて心地良い。ふう、と息を吐き出して盆にピラミッド型に積み上げられた月見団子を眺めながらたこ焼きを頬張るアマイモンさんを見遣る。相変わらず無表情なものの私から見ると大分穏やかなものに見えた。
「で、何でそんなに月見をやりたがってたんですか」
何度か焼き続けてやっと残り僅かになったたこ焼きの生地を全て流し込み、タコを落とし天かすとネギを散らす。安物の箸を持ってたこ焼きをつつきながら問うと爪楊枝を咥えながら此方に視線を向けられた。
「今日の月は綺麗だと兄上が言っていたので名前と一緒に見たかったんです」
「えっ」
「……最初は月を眺める事の面白さが分からなかったのですが、名前と見る月はいつもより綺麗に見えます。名前、一体どんな魔法を使ったんですか」
聞けばたた私と月見をしたかっただけらしい。正直に言ってくれればちゃんと用意したのに、そう考えながら手を動かす私の顔はすっかり真っ赤になってしまった。
何故此処で「月が綺麗ですね」なんて遠い昔の文豪が訳した言葉を思い出してしまったのだろう。
「名前、名前。月、綺麗です」
「…っ、そうです、ね」
最後のたこ焼きを作り終えるやいなや首根っこを掴まれアマイモンさんの足の間に座らされ、後ろから拘束する鎖のようにがっちりと抱き締められる。アマイモンさんは文通時代から私に会いたいだとか私が欲しいだとか言っていた人だから今更驚いたりはしないけれど、よく飽きずに私と一緒に居られるなあとたまに考える時がある。
アマイモンさんは虚無界じゃ偉くて強い悪魔なのにどうして私のような平凡という名が似合う女に執着して、契約までするんだろう。…やはりこの世界じゃ食料不足なのだろうか。未だにこの世界の悪魔の主食は人間の魂だと思っている私は小さく溜め息を吐いた。
どうせ悪魔に食べられるならアマイモンさんに食べてもらった方が良いかな。…アマイモンさんの傾倒ぶりに呆れつつも心の何処かでは喜んでいる自分が居るのにも気付いている。
背中に頭を乗せて寛ぐアマイモンさんの体温が温かくて何だか眠くなってしまった。明日は大学をサボって一日中アマイモンさんと一緒に居るのも悪くないかもしれない。一日なら、と自分にもアマイモンさんにも甘い判断をしつつ身体をくるりと反転させてアマイモンさんの首に抱き付く。逃がさないと言わんばかりに腰に回される腕に微笑みつつ彼の尖った耳に囁いた。
「アマイモンさん、月が綺麗ですね」
「……こんな格好だと月は見えません。名前は背中に目玉が付いているんですか?」
こっそり囁いた愛の言葉にアマイモンさんが気付くわけもなく、しかし彼は月明かりに照らされる中で私だけがその変化に分かるくらい口角を少しだけ引き上げたのだった。
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