杜山さんの謎のおじさん騒動は次第に収束していき、とうとう私の番になった。これが終わったら奥村くんの手料理、そう思うと気分は上がるのだが半裸の十五センチのおじさんを上手くフォローしつつ最早百物語とは言い難いこの空気を元に戻す事が出来るのだろうか。

「ええと…私が小学生の時に聞いた話です。昔、学校の見回り中に階段から落ちて亡くなった女性教諭が居て…。それからというもの夜遅くまで残ってる生徒が居ると、生徒がいる教室がノックされて『まだ残ってるの…?早く帰りなさい…』って血塗れの女の人が此方を覗いてるらしい、です…」

「お、おぉ!そういうの、そういうのが欲しかった!名前すげぇ!」

短いながらも学校系の怪談話を選んで話してみると奥村くんが目を輝かせて拍手してくる。何だか嬉しそうだ、この話を選んで良かった。

「この学園にもあるんですかね、七不思議とか。奥村先生、何か知ってはりますか?」

「いえ…聞いた事は有りませんがこの学園も歴史は古いですからそういった類のものはあるかもしれません」

今まで口数少なかった三輪くんが首を傾け素朴な疑問を投げ掛けるも、奥村先生もよく分からないらしい。
全ての怪談話を終えて少し和やかになりかけた雰囲気も予期しない出来事で突如崩れさってしまう。


トントン。突如志摩くんの後ろに位置していたドアが叩かれた。わいわいと談笑していた皆の空気は一気に張り詰め、視線と意識もドアへと向かう。

「……奥村。今日、誰に此処で百物語やる言うたん」

「え、と…此処に居る奴と、シュラと、まゆげ」

「その二人やったらドア叩いた際に声掛けるよな。…なら、悪魔か!?」

二回ノックされた儘沈黙が流れる扉の向こうにジャラリと数珠を取り出し勝呂くんが臨戦体制に入る。続けて三輪くんも数珠を手に掛け志摩くんが錫杖を取り出し構える。奥村兄弟がその後ろに控え私と杜山さんは各々部屋の隅へと下がる。

トントン。コンコン。トントン。最初は奥村くんか私達を狙う悪魔かと思ったがこの学園に中級以上の悪魔は入り込めない。……だとしたら。皆の頭の中に先程私が話した『血塗れの女教諭』の姿が浮かぶ。また叩かれる音が響くと勝呂くんが声を張り上げる。

「誰や!戸叩いとらんと、出て来いや!」

その言葉を聞いてギシギシと壁や床が軋む音がして扉がゆっくりと開く。ピリピリした空気が更に強くなり杜山さんが両腕で顔を覆う。そして、扉の向こうには――

   グーテンアーベント
「皆さん今晩和!シュラから此処に居ると聞いて。我が家の居候娘を回収しに来ましたが…おやおや皆さん揃って悪魔のような顔をして、どうかしましたか?」

「だぁぁあメフィストかよっ!」

「フェレス卿、何ですかその格好…」

「ワタクシの普段着です」

「嘘やろ…悪趣味すぎる…」

普段着と称して腕を通すピンク色の浴衣姿のメフィスト・フェレスだった。フェレス卿は室内の緊迫した雰囲気を一笑いすると散々浴衣の非難を浴びながら部屋の奥に座る私を見遣る。
居候娘というのは間違いなく私の事だ。私は今、女子寮の空きが無い為一年だけという約束でフェレス卿の書斎を借りて生活している。フェレス卿の視線の先の私はと言うと月が見える窓を見つめていた。一人向ける視線が違う事に気付いた奥村先生にどうかしましたか、と声を掛けられ今度は私に視線が集まる。

「あ、あの、さっきのコンコンって…窓から聞こえませんでした?」

私の声に皆がちらりと窓を見つめる。そう、フェレス卿が二回目に扉を叩いた時木を叩く鈍いトントンという音に混じって薄いガラスの窓をコンコンと高くしっかりと二回叩く音が聞こえた。其れに気付いて直ぐ窓を見たが其処には誰も居なかった。石や草木の類いではない、と思う。だってガラスは二回叩かれた上に外は無風を保っている。

あれは誰だったのだろう。ぞわりと腕に鳥肌が立つのを感じながらそう考えていると、がばりと勢い良く杜山さんが立ち上がり奥村くんに向き直る。

「り、燐!お腹空いた!」

「お!?おう!飯作んねぇとな!」

杜山さんの一言を皮切りに室内の雰囲気の緊張が解けた。何も言わず、最後の最後に起きた不思議な出来事に口を出すわけでもなくこの百物語を終わらせようという無言の主張がひしひしと伝わって来る。皆の意向には賛成だ、早く燐のご飯を食べて書斎に帰ろう。そう考えて立ち上がるとフェレス卿が近付いてきた。

「私をハブくなんて貴方も酷い方ですね」

「すみません、フェレス卿は多忙だと思ったので」

奥村燐の食事ならば私も戴いていきましょう、とピンク浴衣の袖を摘みにんまりと笑うフェレス卿に溜め息を漏らす。
少し怖かったけど、夏休みのいい思い出になった気がする。奥村兄弟はとばっちりだろうけど。奥村くんに呼ばれて短い返事をするとフェレス卿を連れて部屋を出て行く。

この夏、何かが足りないと思ったらふとした瞬間に周りを見渡せばいいと思う。きっとナニカは私達の傍に居るのだから…。

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