かろうじてアマイモンさんが来ている服の柄が見える位視界のきかない暗闇の中で、アマイモンさんが開けた扉の奥は柔らかい色合いのクリーム色のライトが室内を照らしていた。ようやく肩から下ろしてもらい辺りを見渡すと円形で六畳程の広さの室内は逆ドーム状になっていて真ん中が低く周りが高い。壁は扉以外本棚だけが壁を埋め尽くし所狭しと本が納められていく。アマイモンさんが石段を下って真ん中へと下りて行く。一番低い所は広いスペースと大人十人程で円になってマイムマイムを踊れる程の広さがある。石段に無造作に転がっている白いチョークを拾い上げたアマイモンさんは黙ってマイムマイムスペースに何か図形のような物を書き始めた。

「アマイモンさん」

「何ですか、名前」

「これから何をするんですか」

「ボクの正式な召喚と契約を結びます。簡単に言うと名前の使い魔になる儀式のようなものです」

様子がおかしいアマイモンさんの治す為にはきちんとした召喚をして使い魔としての契約をしなければいけないのだという。ゲ、ゲヘナとやらの王様のアマイモンさんを使い魔にするなんて、アマイモンさんは私なんかで良いのだろうか。

「出来た。名前、チョークを踏まないように此方に来て下さい」

「踏まないように…」

「少し痛いですが我慢して下さい」

「えっ」

しゃがみ込んでいたアマイモンさんが立ち上がる頃には既に魔法円のような図形が出来ていた。アマイモンさんに呼ばれそろそろと爪先立ちでチョークの線を踏まないように移動する。アマイモンさんの正面に立つと彼に手首を捕まれた強制されているのかお願いされているのか分からない言葉を掛けられる。ぽかんと呆けている内に私の手が彼の口元に近付き、指を鋭い歯で咬まれる。肉を抉る歯の感覚と痛みが伝わって来て目尻にじわりと涙が滲んだが歯を食い縛って何とか堪えた。

「次は詠唱です。僕に続いて噛まずに唱えて下さい」

「え、う、うん」

「…でも。詠唱を終えたら多分元の世界には戻れなくなるかもしれません」

「………、いいよ」

突然の帰れない宣言にも関わらず頷いた私の答えが予想と反したらしくアマイモンさんの表情が僅かに変わった。ぽたりぽたりと指を伝って床に滴る私の血を見つめながら言葉を紡ぐ。

「アマイモンさんが辛いのは嫌だから。喚んだのは私なんだから、責任は私がとらなきゃ」

「……」

「黙らないで下さい。そりゃ、あっちに戻れないのはちょっと残念だけど…こっちにもほら、アマイモンさんが居るし寂しくないです」

だから早く詠唱して下さい、と促すと渋々と言った表情で"我、汝を召喚す"から続く召喚呪文を唱えてくれた。ソロモンがどうだとか、太陽がどうだとか全く呪文の意味は理解出来なかったけど何とか全て噛まずに言い終える。すると床にアマイモンさんが描いた魔法円のようなものに床に垂れた私の血が巡るようにチョークの白から血のような赤に変化していった。全ての魔法円が血の色になると一瞬だけ光を放つとスッと消えてしまった。…これで召喚と契約、両方終えられたのだろうか。

ふとアマイモンさんを見上げるとぴったりとタイミングを合わせたかのように目が合う。クリーム色の光に照らされた瞳が細められ濃い隈を浮かべた目が近付いて来た。刹那、私の唇が何か柔らかいもので塞がれた。柔らかくてひんわりと冷たい其れが直ぐに離れていったかと思えば今度はべろりと舐め上げられる。

「……」

「…味がしません。名前の唇は無味…つまらないな」

「そ、そういう問題じゃ…!」

こんな場面でキスするどころか舐めるとは…。つくづく悪魔というものはよく分からない。ぎゃんぎゃんと文句を言うのも何なので大人の対応という事で言及はしない事にした。
石畳の部屋からまたアマイモンさんのお兄さんの部屋に戻って来るとお兄さんがにやにやと笑いながら救急箱を持っていた。顔からしてこうなる事が分かっていたらしい。指を、と言われて手を差し出すとコットンで血を拭かれ絆創膏を貼ってもらった。

「契約は成功したみたいですね。これで貴女は元の世界には戻れなくなりましたよ」

アマイモンさんのお兄さん――メフィスト・フェレス卿――は私が出て来た時は真っ黒だったというクローゼットの奥の壁を見せてくれた。壁は茶色い木板に戻っていて、即ち私の帰り道が絶たれた事を示していた。でも私は生きていければいいです、と言い切った。世界は違えど、此処は私の世界とあまり変わらない世界みたいだしきっとうまくやっていけるだろう。私は私の下した選択に後悔はしたくない。精一杯生き抜いていこう、そう誓った。
せめてお金と携帯があればな、と考えながら窓から外の景色を眺めていると隣に私があの日買ったジャケットを羽織ったアマイモンさんが立つ。当たり前のように着こなしているその姿に私の胸中でつかえていた何かが外れる音がする。

「召喚呪文の冒頭で、四体の悪魔の内アマイモンさんが喚ばれた理由はきっとランダムかアマイモンさんはまだ使い魔の契約を交わしてないからだってフェレス卿は言ってましたけど…私、何となく分かりました」

「僕が名前と繋がった理由、ですか?」

「はい。そのジャケット、あっちの世界で私も持ってました」

小さく頷いてアマイモンさんが着ているジャケットを摘まんでアマイモンさんを見上げる。驚いたように目をぱちくりと瞬かせるアマイモンさんを見てにっこりと笑顔を浮かべる。案外私が此方に来たのも間違いではないのかもしれない。

「これって奇跡のような運命だと思いませんか?アマイモンさん」

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