どうしてこうなったのだろう。
豪華な猫足チェアに座らされ兄上から尋問を受ける名前を見たボクの心の中の第一声はこれだった。
兄上からの用事という名の戯れを済ませた僕は名前に兄上に呼び出された事を書いた手紙を忍ばせたジャケットを脱ぎ、ソファをベッド代わりにして横たわっていた。其れを見た兄上が『ジャケットはキチンとクローゼットに仕舞え』と優雅に紅茶を飲みながら注意してきた。確かにそうだと素直に兄上に従ってジャケットを仕舞ってから暫く経った時、クローゼットの中からドスンと何かが落ちる音がして思わず兄上と顔を見合わせる。

「……アマイモン。お前…」

「誤解です兄上。ボクは何もしていません」

「チッ」

明らかにボクの仕業だろうという視線を向けて来たので棒付き飴をかじりながら首を横に振ると、軽く舌打ちをして兄上がクローゼットへと近付く。すると先程まであった筈のクローゼットの奥の壁が暗闇へと変わってボクのジャケットを飲み込んでいた。

「……」

「……」

「…兄上のクローゼットは服を食べる習性があるのですか?」

「そんなわけないだろう!」

少し間を置いて兄上を見上げると目を吊り上げて怒られた。兄上が半分程飲み込まれているボクのジャケットを掴み力任せに此方へと引っ張るが、ジャケットはびくともしない。暗闇の方がジャケットを飲み込む力が強いらしい。被害に遭ったのが自分のではないせいか早々に諦めの表情を見せる。自分の利益にならない物は容赦なく斬り捨てる所は相変わらず兄上らしい。

「お前、自分で取れ。私に手間取らせるな」

「……ハイ、分かりました」

ああ、つまらない。こんなクローゼットなんて叩き潰してしまいたい。名前が居たら、こんな退屈な思いはしないのに。そう考えながら襟元を掴み思い切り力を込めて引っ張る。ボクの力には敵わないと判断したのか思いの外簡単にジャケットがずるずると暗闇から出て来る。しかし出て来たのはジャケットだけではなかった。
見覚えのある、夢で見たのと同じ服装。目をぎゅうっと力一杯瞑って顔を逸らしている名前が暗闇から出て来た。


「……つまり。貴女はアマイモンと個人的に交流を重ねていた。しかも異世界同士で」

「……はい。私の国には正十字学園という私立の学校はありません」

漸く尋問が一段落したらしく兄上が小難しい顔をして腕を組む。チェアの後ろに回って名前を抱き寄せれば前から小さな悲鳴があがる。ウーン、この触り心地は以前奥村燐と接触させた際に寄生虫を産み付けさせた女と対して変わりがない。やはり名前はニンゲンだ、そう思うとジャケットを引っ張った時のような力は出せず極力セーブして名前を抱き締める。

「アマイモン、まだ話は終わっていないぞ」

「すみません。でもボクもう我慢出来ません。名前、名前、名前…」

「えええ!?ちょ、アマイモンさん…!」

眉間に皺を寄せた兄上にたしなめられるが、気にせず名前を抱き込むと困ったようにボクと兄上を交互に見つめられる。

「お前がこんなに愉しそうな事態について報告しなかったのが大変遺憾だが…まぁいい。大体の理由は把握出来ました。まず、貴女の唱えたという"我、汝を召喚す"という一節は確かにアマイモン召喚に必要な詠唱の冒頭です」

「冒頭…?じゃあ、あれだけでアマイモンさんは呼べないんですか?」

「ええ。その一節は他にも三体の悪魔を召喚する際の詠唱にも含まれます。何故アマイモンが選ばれたのかは私にもさっぱり検討がつきませんが」

兄上の説明によってここ最近の異常な名前への欲求の正体が分かった気がした。不完全な召喚、限定的な手段でしか連絡を取れない召喚主、契約の不履行…これらが重なって名前に対する依存と化していたらしい。
きちんとした召喚詠唱を行えば大丈夫だろう、と兄上の話を聞いて安堵した表情を浮かべる名前をじっと見つめる。

「最近のアマイモンさん、手紙でも分かる位に様子がおかしかったので。これで治るなら一件落着ですね」

にこりと微笑みながらボクを見つめ返してくる名前に肩を竦めて兄上が立ち上がる。正装と言い張る変わったデザインの白いスーツから何かを取り出すとボクに向かって投げる。片手で受け取ると見た事の無い形の鍵だった。

「"召喚室"へ繋がる鍵だ。さっさと行って名前さんと契約を交わして来い」

手順と詠唱呪文がお前が教えろ、と続けて命令を受けて頷く余裕も無く肩に名前を担ぎあげる。ぎゃあとひぃが混ざったような悲鳴が聞こえたが構わず兄上の部屋の扉に付いている鍵穴に鍵を差し込み扉を開く。
足を踏み入れると床や壁が石畳で出来ている廊下に出る。学園町の中心部の何処かにひっそりとあるのであろう此処は足元が分からない位に暗い上に窓も無くぶつからないように少しずつ歩みを進めていく。明るかった兄上の家から急に雰囲気が変わった景色に名前が小さく身を縮こませたのが分かった。
暫く歩くと尖った靴の爪先がコツンと何かにぶつかった。手を伸ばして触ってみると木で出来た取っ手に触れた。兄上の言う召喚室とやらに着いたらしい、取っ手を押すとぎいと木板が軋みながら扉が開いた。

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