窓の向こうから雀の鳴き声が聞こえる。朝の訪れに自然と意識が浮上してぴたりとくっついていた瞼を押し開く。目を擦りながら身体を起こしいつの間に寝てしまっただろうかと首を傾ける。
眠気を飛ばす為に洗面所で顔を洗い柔らかい生地のフェイスタオルで優しく押すように水気を取りながらクローゼットを開ける。裾がボロボロのジャケットの胸ポケットから紙切れを取り出すと早速中を確認する。


しばらく兄上の所に居なければいけません。
名前について兄上に知られたら少々厄介な事になるので手紙は送りません。
名前、名前。名前がボクの世界に居ればいいのに。



居なければ、という事は既にお兄さんの所に居るのだろう。この手紙もお兄さんの目を盗んで認めたものなのだとしたら、ちょっと微笑ましい。
其れにしても最近のアマイモンさんの文字の上達は目を見張るものである。最初はうねうねとした平仮名ばかりの暗号のような字も今は一字一字がすっきりとしていて漢字も多用出来るようになった。
ほぼ毎日届く手紙をぴらぴらと指で弄び机の前に置かれたパイプ椅子に腰を下ろす。アマイモンさんと手紙の遣り取りをするようになって結構経った。しかし何だか最近彼の様子がおかしい。以前は生キャラメルをねだっていたのに、しかし今はどうだろう。生キャラメルどころか私を欲しがっているではないか。
悪魔は人の魂を喰らう、なんて本に書いてある位だから彼は私の魂を食べたいのかな。異世界に住む私の魂を食べたがる位なのだから、きっとあちらの世界では人間の魂を食べてはいけない法律があるんだろう。悪魔にとっても世知辛い世の中だ、少しだけ彼に憐憫の情を抱いた。

「お返事くらいなら今出してもいいよね?」

今日は仕事が休みだからゆっくり出来る。アマイモンさんに返事を書いたら何処か水族館か動物園にでも出掛けようか。悪魔も人間のように縦社会らしくお兄さんには逆らえないアマイモンさんの分も楽しんで、ポケットに入る位のお土産を買って来てあげよう。

お兄さんも悪魔使いが荒いんですね。悪魔が体調を崩すかどうかは分かりませんが、風邪や怪我には気を付けて。
今日は少し出掛けてきます。お兄さんの所で頑張っているアマイモンさんに、何かお土産買ってきますね。


小さなメモ用紙に彼が読みやすいように心掛けて丁寧に字を綴り、一通り書き終えると二つに折って畳む。しばらくとは一体どれ位の期間なのか。私の物差しでは一週間程度と考えてはいるが何せ彼は悪魔だ。人間より遥かに寿命が長い彼等にとって一週間などあっという間だろう。そう思うと彼の言うしばらくというのは一ヶ月程を指すのかと推測する。
長く交流出来ないとなると少し寂しい気もする。今時古風ではあるものの手紙でしか交流の方法がない私達。最初は悪魔と聞いて少し警戒していたけど、少し価値観が変わっているだけで案外普通だった。甘いものが好きで、兄と父を慕いベヒモスというペットを飼っている。なんという人間的な悪魔だろうか。

私の事を知られたくないなら生キャラメルは同封しない方が良いだろう。そう思った瞬間クローゼットから何か叩くようなガツンとした音が聞こえて来た。いきなりの出来事に肩を震わせて情けない声が漏れる。何だろう、掛けてあった物が落ちる音にしてはやけに変な音だ。私のクローゼットの裏は壁とぴったりくっついているし、もしかして隣の部屋に住んでいる人が壁を叩いたのだろうか。音は私の部屋から響いた気がするのだが。

「な、何?誰か居るんですかー…?」

尻込みしながらも少しずつクローゼットへと近付き、声を掛けて見るが何の反応も無い。恐る恐るクローゼットの扉を開けると私とアマイモンさんを繋ぐジャケットがハンガーから落ちていた。そしていつもは茶色い木板の奥の壁が墨をぶち撒けたかのようにどす黒く、ジャケットがクローゼットの奥へとズブズブと飲み込まれていく。

「え、ま、待って…!」

慌ててジャケットの裾を掴んで此方に引っ張る。が、壁の向こうの力が勝っている為かジャケットが襟元から徐々にクローゼットの奥へと飲み込まれていく。

「だ、駄目!持っていかないで!」

もう袖まで飲み込まれたジャケットを左右に揺らしたり捩ったりして何とか引っ張り出そうと躍起になる。しかしクローゼットの奥から引っ張る力がいきなり強くなりふわりと私まで宙を舞う。
うわあ、何だか漫画みたい。そう思いながら其の儘私は黒くなったクローゼットの奥へとダイブする。

ぶつかる!
目の前に迫る黒を見て瞬間的に脳がこれから訪れる衝撃と痛みを警告してくる。正面から壁に激突するのを防ぐ為ぎゅっと強く目を瞑る。

「…ん…?」

しかし、いつまで経っても痛みどころか衝撃も訪れない。クローゼットに飛び込んだ為目を閉じると暗闇だった視界も、何故か少し明るく感じる。
そして何かの気配もする。そろりそろりと目をゆっくり開けてみると、クローゼットにダイブした筈なのに何故かクローゼットから身を乗り出していた。目の前は私の部屋ではなく広い応接間のような場所。観葉植物やテーブルに椅子。窓際の執務机らしきものには玩具が沢山並んでいる。ふと手元を見るとボロボロになった裾が視界に入る。私はまだジャケットを掴んでいた、そして裾を襟元へと辿るように視線を向ける。ジャケットをを掴んで私をクローゼットの奥へと引っ張り込んだのは。

「……名前…?」

「ア、アマイモンさん…?」

目を見開いて口をぽかんと開けた儘私を見つめている、私の文通相手の悪魔。またの名をアマイモンさんだった。

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