ボクがナマキャラメルという素晴らしいお菓子と出会ってから丸二ヶ月が経った。このナマキャラメルという菓子をくれたのも、名前を教えてくれたのも名前だ。
名前というのはニンゲンで、ニンゲンなのにボクにとても優しい。ボクが手紙を送れば返事をくれるし飴玉を送ればナマキャラメルをくれるが、手に入れるのが難しく大変稀少な品と言ってあまり沢山はくれない。少しケチな所もある。

最初、名前に悪魔は居ないと言われて魔障を受けていない類のニンゲンなのかと思った。しかし聞けば兄上が管理する正十字学園町や私立正十字学園すら存在しないとまで言われて漸く結論を導き出せた。彼女はこの世界のニンゲンではない。
   アッシャー  ゲヘナ
彼女は物質界と虚無界の存在も知らなかった。

「ウーン、困った。ますます興味を持ってしまった」

鬼族の中でも最もでかいヤツの背にベヒモスを連れて乗りながら兄上のように顎をなぞって首を捻る。異世界に住む名前、ニンゲンとはいっても異世界人。むくむくと湧き上がる好奇心に堪らなくなって親指の爪を噛む。

最近肩から鞄を下げるようになった。ごそごそと中を漁ると中には大量の白い紙と鉛筆と、飴玉。それと何度も読み返しすぎて皺の寄ったメモ用紙が束になって入っている。ボクがジャケットに手紙を入れた次の日、左胸のポケットの中には名前と名乗るニンゲンからの手紙と柔らかいキャラメルが一粒入っていた。
それからボクはのめり込むように名前と文通を始め、頻繁に兄上の元を訪れては紙と鉛筆を借り返事を書いていた。鞄を下げているのは頻度且つ昼夜問わず兄上の部屋を訪れていた結果兄上の堪忍袋の緒が切れたこと、そして名前からの手紙が両手じゃ抱えきれなくなったからだった。

「名前。どうしてボクは貴女に夢中なのでしょう?こんなにも執着心を抱いたのは初めてだ」

流れる時間も太陽や月が回る速さも同じなのに、名前はこの世界の何処を探しても居ない。それが酷くもどかしくて、苛つきさえ覚える。あああ、この苛々を何処にぶつければいい?ボクの苛々が伝わったらしく背中に乗っていた鬼とベヒモスがグルルと低く唸って縮こまった。

眠りに就く前にする事が増えた。
  グリーンマン
眷族の緑男に敷き詰めさせた草花の上で眠る事。草花の匂いは名前の匂いだ。香水だと分かっていてもこれは名前の匂いなのだとボクの意識は判断してしまっている。
そして、ジャケットを必ず脱ぐ事。これがボクと名前を繋げてくれるのは脱いだ時に限定されるらしい。ボクが眠りから覚めた時にはポケットに忍ばせた手紙と飴玉が名前からの返事とナマキャラメルに変わっているからだ。試しに手紙を入れた後ジャケットを着た儘寝てみたものの手紙は名前の元へと届かなかった。

「名前…」

名前と関わるようになってから自覚出来るくらいに自分がおかしくなってしまった。最近はいつも名前の事ばかり考えているし、名前からの手紙欲しさに毎日無理矢理眠っていたら、三日置きにやって来ていた眠気は毎日訪れるようになった。最初は名前から貰うナマキャラメルに夢中だった筈なのに、最近は名前はどんな味がするのかなんて考えを巡らせるようになってしまった。そしてとうとう昨日、名前が夢に出て来た。
夢の中は不思議と何も音がしない無音の世界だった。何故顔すら知らないボクが彼女を名前だと認識出来たのかと言えば、彼女がボクへの手紙の返事を書いていたからだ。が、名前はいきなり驚いたようにクローゼットの方へと顔を向けて怯えたように立ち上がった。恐る恐るクローゼットの扉を開けて中を覗き込んだかと思えば、慌てた様子で暴れだして。
…そこで目が覚めてしまった。

「名前は一体何を見たのか…何故暴れたのか…。ああ、モヤモヤする。名前、名前」

小さく呟きながら爪を噛んでいるとズボンのポケットに入れていた携帯が鳴る。画面を確認すれば予想通り兄上の名前が表示される。通話ボタンを押して耳に当てると用事があるから学園に来いとの話だった。断る理由も無いので素直に了承するとプツリと電話が終わりを告げる。
兄上には名前の事を伝えていない。奥村燐や周りに集う奴等、ボクですらも手駒に使う兄上だからこそ、名前の存在は伝えたくなかった。

ベヒモスは置いて来るように言われたので鬼から降りて近くの木にベヒモスを繋ぐ。ジャケットの裾をはためかせて広い森を駆け抜け兄上の居る学園へと向かう。
名前、名前。早く会いたい。無音の夢の中では聞けなかった名前の声が聞きたい。兄上の所から帰ったら異世界人の召喚の仕方を調べてみよう。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -