鍵を回して玄関の扉を開ける。ジャケットの胸ポケットから拝借した飴玉を舌の上で転がしながら靴を脱いで中に上がる。
もう夏も終わりといえどやはり暑いものは暑い。扇風機の電源を入れてポロシャツとハーフパンツを脱ぎ薄手のキャミソールにホットパンツへと着替える。
先日ジャケットから出て来た飴玉は今食べているので最後だ。あの後一つ試しに食べてみたらラズベリーのような甘酸っぱい風味のそれにハマってしまい、それからというものの出勤時、帰宅時に休憩中。時間が有れば兎に角口に放り込んでいた。我ながら警戒心というものがないと自覚させられる。
飴玉を食べてしまってから、夢で見たあのトンガリさんを思い出した。彼は飴が無くなったのを見てどう思うのだろうと思うと、何だか怒ったら今度は夢じゃなく夢枕に立ちそうで怖かったので友人の北海道旅行の土産で貰った生キャラメルの最後の一粒をポケットに忍ばせた。

あれから数日。もしかしたらこの飴玉は私がジャケットを買った時にショップの店員が悪戯心で入れたのかもしれない。そう思うと何だか馬鹿馬鹿しく思えてきた。
買ったジャケットから飴玉が出てくるなんて普段経験できない出来事に浮かれていたのかもしれない。一人浮かれて飴を食べながら生キャラメルをジャケットに入れる私。痛い、かなり痛い。黒歴史ってこういう事かと頭を抱えて悶絶しつつ生キャラメルの回収に向かう。
生キャラメル、腐ってないといいなあ。そう考えながらクローゼットを開けた。そして閉めた。また開けてみて、そして閉める。

「え、えぇえー…」

ギギギ、とクローゼットを軋ませながら扉を開くと中に収まった例のジャケットの左胸が異様に膨らんでいた。え、生キャラメルって膨張するっけ。肝を冷やしながら恐る恐るジャケットの左胸の内側を覗き込むと、ぼとぼとと収まりきれなかったものがクローゼットの中に零れ落ちる。
生キャラメルが膨張する筈も無く、落ちたのは先日私が回収した飴玉だった。
ジャケットをクローゼットから出して内ポケットの中身をベッドに出せばこんもりとした飴玉の山が出来る。最後にかさりと二つ折りになった紙切れがぽとりと落ちた。

ボクはアマイモン といいます
やわらかいキャラメル とてもおいしかったです
よければまたくれるとうれしいです
ボクのあめと こうかんしましょう



以下はぐちゃぐちゃに塗り潰されていた為読めなかった。片仮名と平仮名が交じっていて漢字は一切無い。アマイモンと名乗ったのは夢に出たトンガリさんなのか、このジャケットなのか…。いやいやジャケットが意思を持つわけがない、それに飴玉の持ち主はトンガリさんだった。此処はトンガリさんと仮定して話を進めよう。

「アマイモン…」

私が図書館で召喚呪文を見た時に一緒に見た名前だ。悪魔の中でも特に高い地位についていた気がする。
いやいやネット社会と呼ばれる今の世の中、気軽に本名を名乗るとは思えない。

「いやいや、ハンドルネームとかそういう問題じゃなくて。何で私のジャケットに飴を入れられるんだろ…」

一応窓や玄関、ベランダの施錠を確認したが無理矢理開けられたような痕跡は無かった。謎が謎を呼ぶこの状況にどうすればいいのか分からずアマイモンさんからの手紙を片手に部屋中をぐるぐる回る。
あれ、そういえば。

「生キャラメル……ない」

山盛りの飴玉の中に私が入れた生キャラメルは無かった。とすればこのアマイモンさんの手紙の「やわらかいキャラメル」は生キャラメルの事だろうか。アマイモンさんはどうやって私の生キャラメルを食べたのだろう。
何だか彼はこの国、いや世界中何処を探したって絶対に見つけられない気がした。

この不思議な現象に、馬鹿馬鹿しいとまで言っていた私の心は異様なまでの高揚感で満たされていた。このアマイモンさんが悪魔であろうとジャケットであろうと非日常には変わりない。ずっと望んでいたものの飛来にくしゃりと手紙を握り潰す。
こうなったらとことん乗ってやろう。日常を逸脱したこの出来事を満足するまで楽しんでやる。
そう決意した私はまずは帰宅したばかりの部屋から出る必要があった。コンビニに生キャラメルはあっただろうか?無ければ最悪自分でレシピを調べて作ってみるしかない。キャミソールの上からTシャツを羽織り鞄から財布を取り出すと部屋の鍵を掴んで玄関へと向かった。

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