三日三晩暴れ回って死んだように眠る。荒れた生活だナンセンスだと兄上は言うけれどそれがボクの日常なのだから仕方ない。
適当な木枝の上で目を閉じて、また開けたら明け方だった空が夕焼けになっていた。あまり寝た気がしなくて苛々するが、とうに眠気は去ってしまった。のろのろと身体を起こして寝る前に枝に引っ掛けていたジャケットを手繰り寄せる。先日兄上から貰った飴玉を取り出そうと内ポケットに手を入れる…が、しかし手に触れたのはセロハンに包まれた飴玉ではなかった。

「……ん?」

飴玉の丸ではなく、四角。セロハンのがしゃがしゃした小煩い音は無くカサカサと乾いた音がする。取り出して見るとピンクや黄色の包み紙ではなく、薄い白紙に包まれたサイコロの形の茶色いソレはボクの掌をころりころりと転がる。
これはキャラメルだ。しかし、これはキャラメルではない。何故ならボクの知っているキャラメルはもっとカチカチで固いから。包み紙を開けてみると柔らかいソレは少しでも力を入れると潰れてしまいそうで、思わず指先に神経を尖らせる。毒の匂いはしないので試しに口に入れている。…すると、どうだろう。

「…ウマイ。以前兄上に貰った固いキャラメルよりも、ポケットに入れておいた飴よりも美味しい。…しかし誰がこんな事をしたのでしょう?ニンゲンならボクが気配に気付くだろうし、兄上がボクの居場所を知っているとは思えない…」

一瞬でじゅわりと舌の上で文字通り溶けてしまったキャラメル。まろやかな甘味と口や鼻に広がる優しい花の香りに目を見開く。
今まで食べてきたどの食べ物より美味しい。
感動から一拍置いて疑問がむくりと首をもたげる。色々な可能性――ボクの眷属や他の八候王や父上など――を浮かべてみたが何一つ思い当たらない。

ジャケットから出て来たのだから本人に聞いて見るのが一番手っ取り早いのだが、ボクにジャケットと話せる能力は無い。
ふとジャケットからボクの物ではない匂いがした。鼻を近付けて匂いを確認すると兄上の部屋に来る女達が首や手首に吹き掛ける…香水の匂いがした。女達がこぞって付ける不快なものではなく、寧ろ森の中に居るような自然を感じる爽やかなものだった。地の王であるボクが慣れ親しんだ匂いで、少し心地良く感じてしまう。でもこれはボクの匂いではない。ボクは香水をつけないし、自然の匂いは服に染み付いたりしない。

「……誰かがボクのジャケットを着ている…?」

その考えが一番正解に近いのかもしれない。誰かがこっそりボクのジャケットを着た。
胸ポケットに入れていた飴が無くなったのはソイツが出したから。代わりに柔らかいキャラメルが入っていたのはソイツが入れたから。これなら辻褄がぴったりと合う。
しかしボクに気付かれずにどうやってジャケットに腕を通したのだろう。…まさか?

 アッシャー  ゲヘナ
「物質界と虚無界を行き来している…?」

特に何の特徴も無いジャケット。これに果たしてそんな事が出来るのか?これを着ていた人物が二つの世界を行き来しているのか?柔らかいキャラメルは何処に行けば手に入るのか?
様々な疑問と興味が入り交じって身体の中を駆け巡り、久しぶりに身体が疼くのを感じる。
兄上の所に行って手紙を書かせてもらって、また飴を沢山貰おう。また飴を入れておけばジャケットを着ていた奴も気付く筈だ。一緒に手紙も入れて返事を貰えばいい。

居ても立ってもいられず枝を蹴り空へと大きく跳ね上がる。その手には――携帯。


「兄上、お願いがあるのですが」

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