長い買い物を終えて漸く自宅に帰ってきた。今日は久しぶりにお気に入りのブランドの衣類を買い漁ってきた。
世間一般だと認知度はあまり高くなく、どちらかというと駆け出しのロックバンドや街に溢れるメジャーなバンドのファン達が身に纏う男女兼用の衣類やアクセサリーを輩出するブランド。可愛いより格好良いをひたすら追求し、我が道を歩む姿に私は数年前から夢中だった。
今日はそんなブランドの新作の秋物ジャケットが発売されたので早速ショップへと赴いてきたのである。

黒を基調として大きく開いて襟が特徴的。肩から上は普通のジャケットのデザインなのに対し、肩から下はやりたい放題。あちこちに金色の髑髏が散りばめられ、外見的にポケットが一切無い。極めつけはボロボロになった裾だった。
意図的に破かれた裾。見た目はとても綺麗で新品なのに、裾やくすんだ髑髏の金が何処か使い古された雰囲気を漂わせていた。
要はただの一目惚れだったわけだ。

「可愛い。下、何合わせようかなぁ」

姿見の前でジャケットを羽織ってみると裾が気持ち長めな事以外は私の身体にぴったり合い、其れだけで機嫌がふわふわと上がっていく。
おやおや、こんな所にポケットが。左胸の内側にスーツやブレザーのような隠しポケットがあった。
あまり厚みのあるものは入れられないが定期入れなら入るだろう。
財布ならズボンの尻ポケットに入れればいいし、これならバッグ無しで街を歩き回れそうだ。
元々荷物を肩に掛けたり腕に引っ掛けたりするのが好きではないので思わずほくそ笑んでしまう。
来週、早速これを来て街に行こう。そう思いながら束の間のファッションショーを終えてジャケットを脱ぐ。名残惜しく思いながらハンガーに掛けてクローゼットに仕舞い込む。

「ご飯作ろう」

自立する為実家からこのアパートに越して来てもう半年になる。フリーターとして定職に就かずあちこち行き来していたが、二ヶ月程前から始めたガソリンスタンドのアルバイトはなかなか長続きしていると思う。
私が働くスタンドは元気がモットーらしい。精悍な顔つきの店長は近年稀に見る熱血タイプで少しでも声に覇気が無いと、仕事中でも洗車機の隣で店長と一緒に発声練習をさせられる。お陰でうちの仕事場に入った女の子達は直ぐに辞めていってしまう。この二ヶ月で随分と色んな女の子が入って来たが結局残った女子は私だけだった。


ご飯を食べ終え食器を洗い、シャワーを浴びていたらもう寝る時間になってしまった。
寝る前に今日買ったジャケットをもう一度見ていたくてクローゼットを開けてジャケットを取り出す。
仕事も順調、不満も無く至って普通の生活。普通の生活は幸せな事、だけど何処かで非日常に夢見る時もある。ほんの些細な事でいい、不思議な体験をしてみたかった。
目の前にあるジャケットのくすんだ金色の髑髏を指でなぞって、ほんのちょっとした遊び心で最近図書館で読んだ本に載っていた呪文をその道の人っぽく唱えてみる。

「我、汝を召喚す」


ぱちり。目を開けると見慣れた光景。既に朝になっているらしくカーテンの隙間から差し込んでくる太陽の光が眩しい。
あれから早々にベッドに潜り込んだ。何だか変な夢を見ていた気がする。あのジャケットが出て来た気がするけど…何だったのだろう。
視線は自然とジャケットが収納されたクローゼットに向く。私は何の夢を見ていたのだろう。


ベッドから下りようと身体を起こす。

(確か、やたらと特徴的な髪型の男の子が私のジャケットを着ていて…)

足を柔らかい毛並のラグが敷かれた床に下ろし立ち上がる。
(大きくて不気味な色合いをした怪物の上に立っていて…)

一歩一歩、ラグを踏みしめてクローゼットへと歩みを進めていく。

(携帯らしき物で誰か電話をしていたけど、通話が終わった後もずっと画面を見つめていた)

クローゼットの取っ手に手を掛けてゆっくりと扉を開ける。

(舐めていた棒付きの飴を噛み砕きながら私のジャケットの左胸の内ポケットから――)


夢だけど、夢じゃなかった。小さい頃よく見ていたアニメ映画で、当時の私と同じ位の女の子が叫んでいた台詞が不意に頭に浮かんで来た。
今、目の前にある私のジャケット。昨日は何も入れていなかったのにその左胸はぽっこりと丸く膨らんでいた。
ゆっくりポケットの中に手を入れてみるとくしゃり、とセロハンが音を上げる。膨らみの正体を鷲掴みにして一気に引きずり出すと夢で彼が出したものと同じ、ピンクや水色、黄色の包み紙にくるまれた飴玉だった。掴みきれなかったものや掌から転がったものが幾つかラグの上にぽとりぽとりと落ちていく。
夢の中に出て来た彼もまた、私のジャケットからピンクの包み紙にくるまれた飴を取り出していた。長く黒い爪を引っ掛けないように両端を慎重に摘み飴を取り出すと口に放り込んで、鋭い歯でがりがりと音を立てて噛み砕く。

夢だけど、夢じゃなかった。小さな女の子が顔をくしゃくしゃにしながら嬉しそうに言ったその台詞が、いつまでも私の頭の中に響いていた。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -