◎「貴方と私の始まりの日」の後の話です。

ぶるぶると携帯が震える音で意識が急浮上する。びくりと身体を震わせ文字通り跳ね起きてから、サブディスプレイを赤く点滅させながらメールの受信を告げる携帯を見て小さく溜め息を吐き出した。なんだ、メールか…。今日学校かと思ってかなり焦ってしまった、思えばまだ年も明け一月となり冬休みもあと十日程残っているのだ。期末テストや通信簿も己に課していたノルマは越えていたし、補習は無いからこの冬休み中に学校に行く予定も用事もない。

「そういえば、メール…」

誰からだろう。二度寝を誘う布団の温もりに抗いながら携帯のフリップを開く。ボタンを操作してメール受信フォルダを開けば洛山と書かれたフォルダに、メールが一件。此処のフォルダに登録しているアドレスは四件。葉山さん、実渕さん、根深谷さん……そして我が兄、赤司征十郎だけである。新着メールの差出人は、シンプルな文字列のアドレス。兄からだった。

「『寝室に茶封筒を忘れてしまった、入っても構わないから学校まで届けに来てくれないか』……お兄ちゃん、の、寝室…」

言われる儘に自分の寝室を出て、向かいにある扉、兄の寝室に手を掛ける。かちゃりと音を立てながらそろそろと中を覗けば薄暗い部屋の中、デスクの上にA4サイズの茶封筒が置かれていた。部活に必要なものなのだろうか、兄が忘れ物なんて…珍しい。

「『今から届けにいきます』…と。図書館、空いてるかなあ」

兄に了承の返信を送ってから顔を洗いに洗面所へと向かい、急ぎなので朝食は省略。久しぶりに制服に腕を通しコートを羽織って通学鞄に封筒を入れる。携帯をコートのポケットに入れて、忘れ物がないかチェック。財布と自転車の鍵と部屋の鍵を持ってローファーを履き、電気を消して部屋の鍵を締める。
駐輪場にある自転車のロックを解除し鞄をそっと籠に入れる。兄は自転車に乗らないのでこれは私専用の愛車と化している。

「雪は…降らなそう」

少し曇っていて風も吹いているが雪が降る気配はないし道路に雪も積もっていない。早々に済ませてしまおうとペダルに力を込めると吹き抜ける風の冷たさにまだ温いであろう布団が急に恋しくなった。

「はぁ、…はぁっ、はふ…うー…体力、ほんとに、ない…っ」

一年生に宛がわれた駐輪場で膝に手をついてぜえぜえと息を荒げる。兄がバスケットの選手なのに何故こんなにも体力がないのか。切ない、虚しい。
朝食どころか水分も取らずに自転車を漕いだせいで軽い脱水状態らしい、頭がくらくらするし冷や汗ばかりが噴き出している。半分ブラックアウトして不可思議な模様が飛び交う視界の中、携帯を取り出し学校に着いた旨を兄にメールで伝える。玄関が一番有難いが、兄を思うなら部室か体育館まで行くべきだろう。下駄箱で靴を履き替えながら上の階から響いてくる足音に耳を澄ませる。そういえば冬の間は野球部とかサッカー部は体力作りとかいって校内を走り回っているのだとか。人の群れに遭遇しないようそそくさとバスケ部の部室へと向かった。

「…練習中…」

当たり前である。兄はバスケの練習をする為に冬休みも毎日学校に通い詰めているのだ。という事は私が送ったメールも見たどころか届いた事すら気付いていないのだろう。チーム分けの為にTシャツの上から青いビブスを着た兄が同じ色のビブスを着ている葉山さんにパスを出している。練習とはいえ試合形式なのだから兄の集中を乱す事はしたくない、体育館に入るのは諦めランニングする生徒達の集団を遠目に見ながら体育館の扉の前で試合が終わるのを待つ。

十分程待っても連続して行われる試合形式の練習が全く入る隙を見せてくれない。まだ休憩が入らないなんて……そんなに厳しい練習をしているとは思わなかった。指先の感覚が無くなってきたしこれ以上廊下にいるとまた体調を崩すと危機感を抱きこっそりと体育館の中に入る。デジタイマーの後ろに立ち得点係を務めている根深谷さんが此方に気付いたので軽く頭を下げて会釈してから体育館の隅っこでしゃがみこむ。
ぼーっと試合を眺めていると試合時間が終わりデジタイマーから何とも言えない少々不快な音が鳴る。同時に根深谷さんが兄に近寄り二、三程言葉を交わす。背中を向けていた兄が勢い良く振り返ったのでひらりと手を振るとぎょっとした顔をして此方に走り寄ってきた。膝を伸ばして立ち上がる、まだ立ち眩みは完全に収まったわけではなかったらしくぶわっと視界が黒くなるが何とか耐えて目の前にやってきた兄と向き合う。

「…お疲れ様」

「来ていたなら言え。どの位待っていたんだ」

「えと、…そんなに待ってないよ。最初は体育館の前で待ってたんだけ、うわ」

コートに包まれた腕をぐい、と引かれその儘休憩している部員さんの中に突っ込んでいく。え、わ、とか言葉にならない声を上げていると部員さん達が座るベンチの横に昔馴染みの灯油ストーブが頑張って熱を放出していた。ストーブの前で根深谷さんが折り畳み式のパイプ椅子を広げていて、有無を言わせず椅子に座らされた。

「え?え?えっ?」

「いもーとちゃん!すげー顔真っ赤!」

「なまえ、其処で少し休んでいろ」

きょろきょろと辺りを伺うとビブスを脱ぎ捨てた葉山さんが我先にと私に飛び付いてくる。兄はと言うと私の鞄から封筒を取り出し足早に体育館から去って行った。

「どうしたの?何で居んの?もう帰んの?」

「え、えと…兄の忘れ物を届けに来ただけなので…も、もう帰ります」

「あら。でも征ちゃんはなまえちゃんに休んでいけって言ってたわよ?」

「あ、実渕さんこんにちは。…あ、兄が戻って来たら帰ります…監督さんが来たら怒られちゃいますし」

「生憎だが、監督は出張で不在だ」

「えっ」

根深谷さんの言葉に思わず固まる。監督さんは良い言い訳に使えると思ったのに…。ストーブはあるけど体育館は広いからやっぱり寒いし、ご飯食べてないし、喉乾いたし、家でごろごろしたい。洗濯も掃除もまだ手すらつけてないのに…と悶々と考えを巡らせていると封筒の代わりにビニール袋を提げた兄が戻ってくる。もう片方の腕には兄のジャージの上着が引っ掛かっていて、私に近付くなり寒さで真っ赤になった膝にジャージを掛けてくれた。ぬくい。

「はい」

「?、なに…あ、ご飯」

手渡されたビニール袋の中をごそごそと漁るとおにぎりとペットボトルのお茶とホットレモンティーが入っていた。

「急いで来たんだろう。寝癖がついているぞ」

「っ…うそ、どこ」

「ここ」

後頭部の辺りを軽く撫でられ、手探りしてみればぴょこんと一部がはみ出ている。全然気付かなかった、恥ずかしい。顔に熱が集まるのを感じつつ寝癖を撫で付けたり引っ張ったりしていると、デジタイマーのブザーが休憩の終了を知らせる。ぞろぞろとベンチを立つ部員達に席を外そうと慌てて腰を浮かせるも兄と実渕さんに拠って阻止されてしまった。

「征ちゃんがご飯買ってくれたんだし、お昼一緒にどう?」

「え、で、でも」

「待てないくらい空腹なのか」

「そんなことない、けど」

「決まりね」

「決まりだな」

この人達横暴だ!反論の隙もなく昼食の同伴を決定され悔し紛れの唸り声しか出ない。こたちゃーん、と早速昼食の話をしな葉山さんの所に行ってしまった実渕さんの後ろ姿を眺めているとぽふ、と私の頭に手が乗せられる。

「嫌だったか?」

「嫌じゃないよ…あんまり人とご飯食べた事ないから、ちょっと緊張してる、けど」

「そうか」

「えと…お兄ちゃん」

「…どうした?」

「ご飯、有難う」

「……ああ」

「……あと、ご飯誘ってくれて有難う」

「ああ」

ふわり。私を見下ろす兄は嬉しそうに微笑んでいた。


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レイ様、リクエスト有難う御座いました!
私の作品が黒子にハマるきっかけになったと聞いてとても嬉しいです!!感謝なんてとんでもない、寧ろ私が御礼を言いたい位感激しました…!
夢書きやってて良かったと感じました。これからも頑張ります!有難う御座いました♪

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